6


 たとえ、かなり意識している幼馴染とケンカをしても、毎朝の日課が辛くても、巨大ロボット大戦を近日に予定していても、毎日登校する自分を褒めてやりたい等と思いながら学園の塀を乗り越えたのは午前10時過ぎ。
 学園生徒は真面目に授業を受けている時間なので校舎裏の俺様御用達遅刻専用出入口は静かなはずだったが、慣れた動作で着地したカミナは侵入者の気配を感じた。
 明らかにこちらを窺う視線。それは校内を見回る教師のものでも、喧嘩の仕返しに現れたなんていう他校・学園内の生徒のものでもない。
 よもやテッペリンの斥候か刺客かと静かに身構える。
 秘密結社に属するから日常目立つ行動は控えなければならないのだが、鍛え上げられた腕っ節と喧嘩好きな性格から、市内の不良達から一目置かれているカミナの格闘センスは飛びぬけて良い。プロ達にも抵抗出来るその腕を持つに至ったのは、『研究は気合と体力』との信念を持つ神野ジョー博士の教育の賜物だ。
 静かに気力を満たしたカミナに、その気配は不意に消えた。
 不審に思いながらもカミナはそれ以上は追わなかった。
 心当たりは山程あるが、もしテッペリンの手の者だったらどうしたものかと考え始めた所、校舎を見回っていた担任の打屋に見つかって即、生活指導室へ連行された。
「悪ぃ、シモンが朝から大変でよ」
 ポケットからシモンを取り出す。本日、シモンは紅蓮学園制服ミニチュア版を着ている。打屋の顔を見るとペコリとお辞儀をした。
「お前、いつの間に制服なんか用意したんだ」
「俺じゃねぇ、リー…理野だよ」
 堅物のこの担任の前でコードネームをうっかり使うとこっぴどく叱られる。
 カミナは今朝の顛末を話し始めた。

 朝の日課を終え、朝食を摂ろうとパンをトースターに放りこみ、テーブルに転がっていたかなり熟したリンゴを齧る。インスタントスープに湯を注ぐと、シモンがいそいそとスプーンで掻き混ぜカミナにカップを寄せる。
 甲斐甲斐しく給仕を覚える姿は健気だが、シモンに掛けたカミナの声は低かった。
「シモン、お前なんで俺がせっかく作ったベッドで寝ない?」
 今朝も起きるとそこにシモンはおらず、慌てるカミナの呼び声に髪の毛の間から顔を出した。昨日と同じパターンなのだが、焦ってしまったカミナは小人を叱る。
「ちゃんとベッドで寝ろって昨日云っただろ。寝てる間に俺の下敷きになったら死んじまうんだぞ」
「一緒に、寝ちゃ、ダメ?」
 見捨てられた雛鳥のような悲しそうな顔で見上げてくる。台詞だけ聞けばなんだかリーロンにからかわれそうな気がしたが、それはとりあえず脳内でスルー。
「お前が潰れるって云っただろ」
「大丈夫、潰れない」
 満面の笑顔で答える。
「何だよその根拠のない自信は」
「カミナの側にいる」
 カップを持つ手に頬擦りをする。自分にだけなつく小動物が可愛くない訳はないのだが、それがトラブルメーカーへとアップデートしていくのに、カミナの眉間の皺も日々深くなっていく。
 寄った眉根をシモンが心配そうに見上げる。
「カミナ…」
 元気を出して貰おうとシモンは給仕を再開する。焼きあがったトーストを懸命に皿にのせバターを塗る。カミナが話した事もないのに、蜂蜜のビンを開けカミナの好きな甘い朝食に仕立てていく。
 昨日のコーヒー同様、いつの間に自分の好みを知ったのか不思議だ。
 如何せんは、残り少なくなった蜂蜜を掬おうとビンを傾け、ビンごとひっくり返り即席蜂蜜漬け小人になってしまった事。
 摘み上げ、蜂蜜塗れになったシモンの顔を舐める。酷く甘い。
「これは何か、このままお前を頭から丸かじりにしろって事か?」
 大きく口を開けたカミナにシモンがあわあわと首を振る。
 震えるシモンを睨むが、別にイタズラをした訳ではないのでこの位の怒り方で許してやろう。
 勿体無いと蜂蜜が滴る胸を舐めると、きゃ、とか素っ頓狂な声が上がった。
 足に絡まった分も舐めると擽ったそうにシモンは身悶える。更に舐めようと伸ばした舌に、シモンがカミナの舌に残った蜂蜜を舐めた。
「おいしー」
 自分の身体に付いている蜜を舐めろと云おうとしたが、小人が舌を掴んだままなので喋れない。小さな両手で舌を掴んで吸い付いてくるから、シモンは蜂蜜と唾液でべとべとに濡れそぼってしまう。
 舌先で顔を押し返し、放せと意思表示をしたのだが、遊んでくれているとでも思ったのかシモンは逆に強くしがみついてきて、これが案外痛い。
 反対側の空いている手も使ってシモンを引き剥がしにかかる。小人を潰さない力加減はここ数日で覚えたが、蜂蜜で小さな身体はぬるぬると滑っていつものように上手く掴めない。その感触がくすぐったいのかシモンが笑い声を上げる。しばし悪戦苦闘しながら、蜂蜜と唾液塗れのシモンをキッチンのシンクに立たせた。
「とっとと脱いで洗え」
 水栓を捻り、頭から水を浴びせる。
「いいか、シモン給仕してくれんのはありがてぇが、手前ぇのサイズで出来る事と無理な事はキチンと見極めろ」
 昨日の登校時に見せた屋根下りの様子から、サイズのわりに身体能力は良いらしいが、保護者としてここはひとつ説教をしてやらねばなるまい。
「泡、欲しい」
 その説教を聞いているのかいないのか、シモンがべとつく髪を摘んでカミナに要求した。
 食器用中性洗剤に手を出しかけて、さすがにマズイと思い直し浴室に連れて行く。ついでに日課でかいた自分の汗も流してしまえとカミナも服を脱ぎ捨て、シモンと一緒にシャワーを浴びる。
 シモンのずぶぬれになった服の代わりに貰ったばかりのミニチュア制服を出し(冗談でもメイド服は出さなかった。断じて)、着替えを眺めつつその完成度の良さに感心し、蜂蜜やらパンやらが散乱するテーブルを片付け、例にやり方できちんと朝食を摂り直していたら、学園の正門が閉じる時刻を回っている。
 以上の内容を、打屋には詳細をばっさり切りつつ(シモンと蜂蜜を舐め合っていたのがじゃれ過ぎのようで、小っ恥かしく思ったので都合よくカットし)話した。
 担任は溜息を付きながら、学園内でその小人を一般生徒に見つからないようにと注意をしただけだけであっさりカミナを解放した。
 なんやかやと言って事情を知る打屋はカミナに甘い。
「そういや」
 先程校舎裏で感じた気配の事を話す。
「学園内には監視システムが作動していて不審人物は直ぐに察知出来る。このシステムが専らお前のような遅刻した生徒に有効なのが悲しいがな」
 そういえば毎度、あそこから登校する度に担任に見つかっていたのはこのせいかと納得する。
「特に不審な反応はなかったが」
 そう云われてもカミナは最新監視システムより自分の感を信用している。
 アレはある種の殺気の混ざった気配だった。己に向けられた喧嘩は全て倍返しにしてやるのが信念だ。こいつは自分で突き止めてやろうと、それ以上担任には追求はしない。
 打屋の話だと学園だけではなく、この町にも防衛システムがあるらしい。
 今までそんな事には関心がなかったが、クソ親父は抜かりなく町全体に安全策を講じていたのだ。どちらかと云うと体育会系な科学者だが、中身は思うより繊細で強かな我が親父ながら油断ならない不良中年だ。


 生活指導室を出た時、カミナは先程と同じ気配を感じた。
廊下に人影はない。
 教室に向かった自分に、気配はぴたりと付いて来る。
 階段に差し掛かった所で、カミナの胸に何かが当り一瞬よろめく。
「そこかっ」
 飛んできた方向に振り向いたが気配は消えている。身構えつつ慎重に当りを見回す。
 幸い、何かがぶつかった箇所に痛みは無い。
「俺様に恐れをなしたか。どこのどいつか知らねぇが、正々堂々出てきやがれ。真正面から相手してやるぁ」
 次の攻撃に備えてカミナは神経を張り詰める。意気が上がるカミナに反して辺りは静けさを取り戻している。10分程構えていたが、一向に姿を見せない相手に攻撃態勢を解く。体勢を弛めた自分に攻撃が無いところをみると、敵はこの場を去ったようだ。
 恐れをなして逃げたと判断し、教室に向かう。階段を1階分昇った所で、胸のポケットにシモンがいない事に気が付いた。
「シモン?」
 小さく呼びかける。
 学ランをはたく。尻ポケットを確認する。潰してペタンコのカバンを覗き込む。
 けれど小人は返事もしないし、姿も見当たらない。
「シモンちゃーん?」
 階段を降りて、生活指導室前の廊下を見渡す。けれどそこにも小人の姿はない。
 冷静になれ、と自分に言い聞かせながら当りを探す。
 廊下の隅、窓辺、消火器の陰を捜してる内に、先程の攻撃はシモンを狙ったものだと気が付いて焦る。
 シモンを攫った相手の検討がつかない。
 一般生徒にあんな非常識且つ不思議生物の存在を暴露して、全校あげて探し出す訳にもいかない。
 どうすれば良い?
 普段使わない頭を回転させながら、自然と足が向かうのは自分の教室。
 乱暴に戸を開ける音と共に現れた不機嫌な顔といつに無く切羽詰ったオーラを纏わせたカミナに、授業中だったクラスメイトは声を掛ける事も出来ず、呆然と見詰めるばかりだ。
 リーロンに頼んで打屋が言っていた監視システムを駆使して探してもらうのが一番かと漸く思い至ったところで、スピーカーが鳴った。
「高等部二年、神野カミナ君、至急理事長室にお越し下さい」
 どこかのほほんとした少女の声がカミナを呼び出す。
「あいつか」
 地の底から湧き出したような低いカミナの呟きに、周りの席の者は小さく悲鳴を上げた。
 クラス一番、いや学園一番の暴れん坊は、教師からの呼び出しは頻繁にあるが、理事長御自らの呼び出しは初めてだ。
 ざわめくクラスメイトの視線を集めながらカミナは教室を飛び出した。
「何やらかしたんだよ」「とうとう退学とか」「あの理事長の呼び出しだぜ」
クラスメイトの囁きにヨーコは不安げに走り去る後姿を見詰めた。


 理事長室の扉を力任せに開けると、シモンの悲鳴が耳に飛び込んできた。
「シモンっ!!」
 応接テーブルの上で、シモンが茶色い小動物に圧し掛かられている。
「ブータ、ダメです。それではシモンが潰れてしまいます」
 台詞の割にはあまり切羽詰った様子もないニア・テッペリン理事長が、ブータと呼んだハムスター大の動物の背中を撫でていた。
「お前、何してやがる!!」
 シモンが小動物の下でもがき泣いている。
「カミナっ!!」
 茶色毛むくじゃらの動物を引き剥がしてシモンを抱き寄せ、小さい動物に向かって啖呵を切り始めた。
「おうおうおうおう!!この紅蓮学園一の暴れん坊、神野カミナ様の弟分を掻っ攫って行きやがって唯で済むと思うなよ!!コイツは俺様自ら卵から孵した大切な弟分だ!!お前ぇ何ぞにじゃれつかれる覚えは毛程もねぇんだよ、この毛玉だかハムスターだか分かんねぇ毛むくじゃらが!!」
「まあまあカミナ君落ち着いて。ブータは遊びたかっただけだと思うのです」
「シモンを潰しかけてたじゃねぇかよ」
「初めてのお友達と遊ぶ加減を推し量っていた最中なのでしょう」
「ブイっ」
小動物が人間の言葉を理解した様に相槌を打つ。
「なんだよそれは」
「ブータと申しまして、豚とモグラのハイブリット種ですわ」
「豚とモグラをハイブリッドにしなきゃなんねぇ理由が分からん」
「まあまあ、ブータは私の大切な友人なのです。いつもは家にいるのですが偶には外を見せなくてはと、本日は私と登校してまいりました」
 理事長のペットなので不審者(物)に当てはまらず、監視システムに引っ掛からなかったようだ。
「さすがお嬢さんは人間以外とでも友人ができんだな」
「褒められると照れます」
「褒めてねぇ!!そのブタモグラとやらは、なんでシモンを攫ったんだよ」
「ブイっ、ブブブイ、ブーブブブ」
「校内巡回中にシモンを見て一目惚れした、と言っています」
「ブイっ」
 ブタモグラとかいう怪しげな小動物が偉そうに返事をする。
 カミナの眦がギリギリと吊り上る。
「お前如き獣が俺様の可愛い弟分に懸想してんじゃねぇ、種族の壁を越えるにも限度ってもんがあんだろうが!!」
 カミナのシャツにすがり付いていたシモンが一層強く抱きついてきた。
「シモンもカミナ君の保護下で甘えてばかりも教育上宜しくないのではと思われます。ここは一つ、このブータとも友情を深めてみては如何でしょうか?」
 昨日シモンに女装少年メイドをさせたのと同じ人物とは思えないまともな意見を理事長はもっともらしく述べ、カミナは妙に感心してしまった。
 小人のこれからを思えば、自分のいない環境にも慣らした方がいいかも知れない。
 現にこの数日、少しばかり離れていてくれた方がいい状況が何度かあった。
 思慮の為しばし沈黙。そしてそれは名案と納得したのか、カミナは声を張り上げる。
「理事長の云うことにも一理ある!!シモン怖がってないでソイツと勝負してみやがれ」
 ここは獅子が我が子を千尋の谷に落とすが如く、引っ付いていたシモンをブータの前に降ろす。
 生まれて4日目には厳しい試練か?いや、一人前の男になるなら避けて通れない道だ。目覚しく言葉を覚えていったシモンに新しい挑戦をと、カミナはややズレた方に燃える。
 恐る恐るシモンがブータの頭を撫でると、ブータはその手をべろりと舐め、その勢いのまま顔も舐め始める。今回倒れはしなかったが、押し気味なブータの親愛の情にシモンは困惑気味に後退さる。
「まあ、ブータは本当にシモンが好きなんですね」
 後ろ足で立つと、ブータはシモンよりやや背が高い。勿論横幅はシモンの倍以上あって、じゃれて圧し掛かられると、小人は押しつぶされる危険があるようにも思えたが、ここは一つ新しい友情に立ち向かって行けとばかりにカミナは拳を突き出した。
「じゃあちっとばかしコイツの面倒見ててくれっか?」
「承知致しました」
 まだシモンは、舐め回してくるブータの舌に必至に耐えている。
 頑張れシモン!!と声を掛けて理事長室を後にする。
 教室に戻ると丁度3時限目が始まるところで、カミナは大人しく席に着いた。
 ヨーコやクラスメイトの視線を気にしつつ、久しぶりにまともに授業を受ける。退屈な講義も新鮮に感じるのは先週以来だからだろうか。今週始めにシモンが来てから今まで以上にまともな学生生活を送っていなかったのだと気付く。小さなトラブルメーカーからしばしでも解放されて、ほっとしつつも雛を見捨てたような罪悪感を少しだけ感じたところに、再び理事長ののほほんとした声がスピーカーから響いた。
「高等部二年、神野カミナ君、至急理事長室にお越し下さい」
 驚く教師とクラスメイトを尻目にカミナは教室を飛び出し、再び理事長室の扉を乱暴に開けた。
 応接テーブルの上で蹲り、さめざめと泣くシモンの涙をブータが舐め掬っている。
「何しやがった、このブタだかモグラだか分かんねぇ獣野郎!!」
 カミナの叫びにシモンが顔を上げ、飛びついてきた。
「ブタモグラですよ、カミナ君。呼び名はブータでもいいのです」
「シモンに何しやがったと聞いてんだ」
「カミナ君の姿を見れなくなってからずっと、シモンが泣きやまないのです。ブータや私でお話し相手になってあげたのですが、一向に泣き止まず、あまりにも悲しそうに泣き続けられるので、お呼びしました」
「さっきの勝負でその獣がシモンを完膚なきまでに叩きのめしたとかじゃなく?」
「はい」
 泣いてへろへろになっているシモンを掴み上げ、渇を入れる。
「シモン!!男はオギャアと生まれてきた時から死ぬまで一人で立っていかなきゃなんねぇんだ!!ちったぁ根性見せやがれ!!動物に力比べで負けたのならともかく、保護者が見えなくなっただけで泣くとは!!俺の弟分として情けねぇ」
 嫌がる小人を理事長の手に渡し、来たのと同じ勢いで教室に戻った。
 教室で待ち構えていた注目を無視し、席に着いて授業を促す。
 ヨーコの視線も感じるが、これは心配からか興味からか。
 きっとヨーコに何とか昨日の誤解を解くいいチャンスのはずなのだが、呼び出された内容を詮索されたくはない。
 他のクラスメイトからも詮索されるのを拒む様に、不機嫌な顔で回りを威嚇して休み時間を乗り切り迎えた4時限目。呼び出しがありませんようにと祈っていたが、やはりスピーカーから理事長ののほほんとした声が鳴り響き、カミナの連続呼び出しは学園中の話題になる事は必至だった。
 三度目は脱力しつつ扉を開けたカミナに、シモンがよろけながら飛びついて来、足からよじ登っていつもの胸ポケットに入り込んで泣く。
「私とブータが…」
「説明はいらね」
 目が腫れ泣く声も掠れていて、すっかり弱っている。これ以上の試練は小さな身体に負担が掛かりすぎる様に思われた。
「仕様がねぇ、これ以上は意味なさそうだから、連れていく」
 男の道を説いて実践させるには早かっただろうか?
 というか、このシュチュエーションでシモンの粘り勝ちは三勝目だ。ある意味強い。
「その方が良いようですね」
 理事長がやわらかくシモンを見詰める。
「でもこのままこの部屋を出たら注目を集めてしまいます。奥の隠し扉から地下基地に下りて、そこから地下通路を通ってお帰りになられた方が良いかもしれません。新聞部の部長さんが興味津々で廊下に控えておられるようですし」
 理事長がパソコンの画面を切り替えると、廊下の端で理事長室を窺うヨーコの姿が映しだされた。
 新聞部部長も務めるヨーコは観察力も鋭いから、隠しておきたい小人も容易く見つけてしまう油断のならない幼馴染だ。
「ではこちらへどうぞ、カミナ君。先生方には私から事情をお話しておきますから、シモンと一緒にグレンラガンの調整に勤しんで下さい」
 隠し扉に二人を案内する。
 二人を見送り、扉のカモフラージュを元に戻すと理事長は呟いた。
「ヨーコさんはカミナ君の事が心配でたまらないのでしょうね。シモンも負けていないけれど…」
 時間を充分見計らい廊下に出ると案の定、新聞部部長が近づいてきて、インタヴュー攻勢を掛けて来た。
それをやんわりとかわす。
「カミナ君はお家の事情でお帰りになられました」
「え、だってこの廊下を通って行かなかったわ」
「彼は元気が良いので窓から出て行かれました」
「何やってんのよバカカミナ!!」


 グレンラガンを搬送するために長い地下通路は中々の広さで、紅蓮学園と神野家や小高い丘に築かれたこの町を縦横無尽に繋いでいる。ガンメン対抗人型兵器だけでも億単位の金が要るだろうに、これを築き上げた少女の財力に溜息が出る。
 そうだ理事長に昨日のシモンのメイド服画像を携帯に送りつけた事に説教するのを忘れた、とカミナは今頃思い出した。
 どんなにすごい少女でも人の恋路を邪魔する事は無いだろう。
 次に会った時にどんな報復をしてやろうと考えながら、長い階段を下りていく。
 学園は山頂にあるので、分岐点を確認しつつ自宅を目指す。建設中に入り込み、あちこち探索したのと(当然叱られた)、完成後正式に位置確認の案内と搬送訓練も受けたのでカミナにはいつもの通学路を行くが如く進む。
 移動用の斜行エレベーターもあるが、非常時ではないので稼動させない。グレンラガン搬送用レールを滑り降りたら早いだろうなとも思ったが、即見咎められて説教を喰らいそうなので我慢する。
 出口は多く設けられており、学園と神野家の他に、打屋やリーロンのいる職員寮、町のアパートの一室、倉庫の裏など町のいたるところにある。この規模を目の当たりにすると少女の財力には驚きを通り越して呆れるというのだ。
 先程までの泣き虫はどこへやら、シモンは上機嫌でポケットから顔を出し面白そうに地下通路内を見回している。人目を気にしなくていいので、カミナは小人を自分の頭の上に乗っけて、解説をしてやる。
「あの出口はいつも通る工務店の倉庫裏に繋がってんだ。駅から学園までの要所に出入り口があるから、いざって時はそっから即地下基地に入ってグレンラガンに乗り込めんだぜ」
 階段をひたすら下り、何枚もの隔壁を開け、指紋と角膜の認証をクリアして自宅地下の格納庫の扉を開く。
 そこには紅い巨体が二人を迎えてくれた。
「グレンラガン!」
 鋼鉄の機体を見上げてシモンが嬉しそうに呼びかける。小人は巨人を大層気に入ったようだ。
 ふとカミナは、先程ブタモグラに切った啖呵を思い出し、シモンに熱く語りかける。
「シモン、これから俺の事はアニキって呼べ」
「ア、ニ…キ?」
「そうだ、グレンラガンもお前も俺の弟分だからな」
 サイズの違う3兄弟だが、共に戦う仲間なのだから、それが相応しいだろう。
「アニキ!!」
「応!!」
 シモンが嬉しそうに新しい呼称でカミナを呼び、それにカミナが応える。
「んじゃあ一丁訓練といくか!!」
 神野家地下格納庫に男の絆が結ばれる。


 夜更けにヨーコから携帯メールが入っていた。
『理事長の呼び出しは何?何で急に帰ったの?』
 その文面からは、幼馴染としての心配からなのか、新聞部の部長としての興味からなのか読み取れない。
『大した事じゃねぇ』
 と返したメールに幼馴染の返事はそれ以上なかった。

おまけ

BACK

inserted by FC2 system