2 時折大きく体を震えさせていた小人も、15分も経つと震えが治まり、心配そうに覗き込むカミナに頼りなげな微笑みを返した。 「おい、シモン、どうすりゃいんだよ。俺は怪しげな通販なんざ申し込んでもいねぇし、エロサイトのアンケートにクリックした覚えもねぇ!!しかもお前、ぴちぴちの男子高校生相手にフルチン男型ってのは、どういう了見だ、とっとと返品の仕方を教えやがれ!!」 捲し立てられて、都合上シモンと呼ばれた小人はカミナの指に縋りつき、ぴるぴると震えながら泣き出す始末。 「泣くな!!泣きたいのはこっちなんだよ、久しぶりにクソ親父の仕事から解放されて、ヨーコとデートにこぎつけたん……」 一泊の沈黙。 「あーーーーっ、ヨーコっ!!時間、携帯、何時、何時だよ!!」 携帯がない。慌てて周囲を探すが見当たらない。 そうださっき物理教師と話して、と思い出したカミナは玄関に戻ろうとして、掌に力を込めてしまい、シモンが悲鳴を上げる。 「っ、この」 なんだよこの生き物は。バイト給料日前日に昼メシを賭けてショベルカーで直径15センチの砂山崩しをしてるようなこの感覚は!! とりあえずヨーコに電話を入れてやらないと、エアライフル部部長をしているのは伊達じゃないって事を身をもってしらさせる……、ではなく!!単に今待たせているというだけでもなく、サボりがちな自分の勉強の面倒やら、女手がなくていつも飢えている自分にさり気なく渡してくれた差し入れや、作った借りを数年単位で放置したままの事やら、こちらの事情でろくに一緒に過ごす事もできない申し訳なさや、多分、お互いにちゃんと自分の気持ちを伝えてない事やら、ともかくもう色々と待たせてしまっているのを今日こそ返してやりたいのに!!なんだこの不思議展開は!! 果たして携帯電話は、玄関にあった。 担任教師で、同じく秘密結社ダイグレン団同志である打屋海蔵の手の中に。 「カミナ、無事だったか、理野先生から話していたら急にお前の様子が変になったと聞いて駆けつけた…」 安心した表情の教師の手から携帯を奪い返そうとしたが、お預けをくらった。 「何があったのか説明しなさい」 「悪ぃが先に携帯返してくれ、こちとら人を待たしてんだよ!!」 強引に奪い返しコールする。 すぐに繋がった相手に、この状況を上手く説明出来る訳もなく、ただ急用で遅れるとだけ告げた。すまない、と声に滲む悔しい様子を相手は察してくれたようで、ちゃんと待ってるから慌てて転ぶんじゃないわよ、と優しく返す相手に自分はいつまで経っても敵わない。くっそ、いい女過ぎる。 とりあえず一息ついたカミナの左手を、打屋が凝視している。 「カミナ、それ」 「シモンってヤツらしい」 ずい、と小人を握った左手ごと目の前に突き出す。 「は?」 「俺にも訳分かんね、俺宛にさっき届いたんだけどよ」 「あからさまに怪しいだろ」 目の前の小人をつつこうとして、怯える様子に、慌てて手を引っ込める。 「んで、とりあえずコレ、理野に届けてくんねぇかな。アイツなら何か分かるかもしれないし、俺は他に野暮用があんだよ」 「いいが、これ、人…だよな」 「ああ、なんかさっき生まれたてみてぇだ」 「生まれ……?よくわからないが、わかった、連れて行こう」 シモンを打屋に渡そうとしたが、小さいながらの抵抗にあった。カミナの手に必死にしがみついて放そうとしない。引き剥がそうとするのだが、無闇に力を入れると身体を潰してしまいそうで思うようにいかない。 「怖かねぇよ、こいつは図体でかくて厳かつい顔してっけど、ちゃんとした教師だからよ、俺は今人を待たせてんだ、言うこと聞きやがれ」 説得しようと近づけた顔に、くしゅんと盛大なくしゃみを返される。 「あーっ、また体温下がってんのかよ」 「何かで身体を包んでやった方がいいんじゃないか。どうもお前を保護者だと認識しているみたいだから、とりあえず理野先生の所まではお前が連れて行った方がいいだろう」 「マジかよ、〜〜なんなんだよ、っくそ」 仕様がなく、震えるシモンをタオルで包み、打屋が乗ってきた車で学園に向かった。 胸に抱えたシモンはぴたりと身体を寄せてきて、不安げに見上げてくる。 ほどなく車は学園に着き、二人+一匹は化学準備室の扉を開いた。 「何これ」 カミナの手におさまっている全長約14センチ弱の小人を見て、物理教師:理野論太ことコードネーム・リーロンが眉を顰める。 「それが分かりゃ、苦労しねぇよ」 器用な指先でシモンを触ろうとするが、カミナの手に縋りついて怯えるので、観察だけをすすめる。 「あんたに懐いてんのね」 「インプリンティング?」 テーブルに載せられ、三人の視線に囲まれたシモンは、不安げにカミナの手元で縮こまる。 「生まれたての雛鳥が初めて見たものを親だって思うアレかよ」 「差出人は確認したのか?」 「あ〜、国際便でなんとかカンパニーって、ちらっと見た」 「偽名でしょうね」 あっさり断言しながら、リーロンは定規を取り出す。 「ちょっと押さえててね、カミナ」 素早くタオルを取り払い、身体検査を始めた。嫌がるシモンをカミナは宥めるようにそっと押さえる。 「あら、小さいのにちゃあんとついてるのね」 そうリーロンが云った時は、カミナはシモンに同情した。ひ弱な生物を解剖実験に差し出したような罪悪感を覚える。 「んー、1/10スケールかしらね」 ようやく解放されたシモンはカミナの腕にひしと縋りつき、ぴいぴい泣き始めるので、つい身体を撫でてやる。既に雛を持つ親鳥の気分だ。 しばらく考え込んでいたリーロンは、受話器を手に取った。 「……理事長にも見て貰いましょう」 すぐに連絡はついたようで、程なく少女があらわれる。 本来ならば中等部に通う年齢の美少女、ニア・テッペリン。紅蓮学園理事長にして、秘密結社ダイグレン団の総帥。おっとりしたお嬢様だが、実の父親に対抗しようとする芯の強い女性である。 リーロンが手短に説明して、現物を見た彼女の第一声には、天然独特の陽気さが溢れていた。 「まあ、可愛らしい」 はしゃぐ予想通りの反応に、カミナは気分が右肩下がりになっていく。 この嬢ちゃん、どうしてくれようかと思ったところに、更に会話がずれた方向に進んでいく。 「でも、お洋服がないなんて、可哀相ですわね」 小首を傾げる仕草は愛らしいが、この場にその突っ込みかと叫びたい。 「少々お待ちになって、私、いいものを持っております」 そう云い、理事長室に取って返して、箱を持って来た。 「この中からお選びになられればよろしいですわ」 人形用のドレスを広げて嬉しそうに笑う理事長に、カミナは無言でシモンをそちらに押しやる。この手の話になった女性に男は決して勝てはしない。縋る視線はこの際、無視だ。 頑張って来い、小人!!と心の中だけで応援してやる。 セーラー服からウエディングドレス、最近の流行に沿ったスタイルまでずらりと並べられた。 「最近こんなのも充実してるんですよ」 あらゆるジャンルのユニフォームに、メイド服も多種取り揃えられてある。 「あら、ミニ丈のメイド服」 「こちらはゴシックロリータを前面に押し出した私のイチオシです」 コイツは男ですよ、とはこちらが疲れるだけなので、敢えて突っ込まない。 頑張れ、小人!!人生初の洋服が女物でも!!と、遠くから見守る。 そんな二人の様子を見て、打屋がカミナに視線を向けてから、そっと部屋を抜け出した。 「あら、でもこの子には少しサイズが大きいみたいですね」 嫌がる小人の抵抗をさらりとかわし、華奢な手で見る間に洋服を着せてしまう。侮りがたし、理事長。 着せられたゴスロリメイド服が肩からずり落ちた。 日本のメジャーな女児用着せ替え人形(○カちゃん)は約1/6スケールだから、シモンの身体には理事長コレクションが合わない。ついでにアメリカ版(○―ビー)もスケールが違う。 不親切な設計だな、とカミナは思いすぐにそれを打ち消す。この小人はよもやそんな理由で造られた訳ではあるまい……多分。 「困りましたね」 手を顎に当てて憂う様子は可憐だ。 「確かこのシリーズに双子の幼児人形があったかと思いますけれど、そちらはコレクションされてないのですか?」 理野の的確なアドバイスに理事長は再び花のように笑う。 「ありますわ、お待ちになって」 右肩下がりの気分がマイナス値に突入していく。 更に一箱を抱えて戻ってきた理事長がコレクションを広げた。 「あら、これも少々サイズが合いませんね、Tシャツをベルトで押さえたらチュニック風になってよろしいのかしら」 「それでも襟周りが大きいのね」 始めは嫌がっていたシモンも、抵抗が無駄だと諦めたのか、されるがままにリアル人形着せ替えごっこに従っている。それとも服は必要だと割り切っているのか。 「このワンピースも似合っているのに、サイズが合わないのが悔しいですわ」 「ジーンズやパンツ系は全然ダメね。丈が合わない上にこの子のきれいなお肌を全部隠しちゃうわ」 きゃっきゃっと花が舞い踊るオーラに押されて、壁際まで後退してしまう。 「着物もあるんですのよ」 「小物は使えるサイズと云えなくもないわね」 大いに楽しんでいる二人を置いて、カミナはそっと廊下に出てヨーコに連絡を入れた。 あれに付合っていては、今日はもうデートは無理だろう。窓の外はもう暗い。 先程から何度か席を立とうとする度、シモンの不安げな視線がカミナを留まらせている。 仕方なく、再度ヨーコの携帯を鳴らした。 急用で行けないとだけ告げて、ぶっきらぼうに通話を切った。その方が如何にも急用な感じだろうし、ヘタな言い訳を考えるのも告げるのも疎ましかった。 もやもやしたものを溜めながら部屋に戻ると、着せ替えはサイズ直しに移行していた。 理事長が真剣に小さい服をほどいたり、何かを探している。 「ヨーコ?」 そっと言ってきたリーロンに頷く。 「せっかくデートだったのにね」 「仕様がねぇだろ、アレが俺らに危害を加えるものかどうか分かるまでは、放っとく訳にはいかねぇし」 同情を少し乗せた視線を向けられる。 「アレは、シモンは危険じゃないのか?」 「少なくとも、私と理事長はそう判断したわ」 「根拠は?」 「女の勘、よ」 「信用していいのかよ」 眉間に皺が寄る。打屋が途中で退席したのも、リーロンの態度が危険を示すものではなかったからだろう。だから、信用に足りるはずなのだ。 なんだかんだでシモンの服は理事長の人形服コレクションの中から、何でも出来てしまうリーロンが手を加えて、やや大きめの青い上着と土色のハーフパンツで落ち着いたようだ。 「さすがに下着と靴はいくら器用な私でもすぐには作れないわ、だから今日はそれで我慢してね、シモン」 「とっても似合ってますよ、シモン」 笑顔を向ける理事長に、シモンがぎこちなく笑う。 「なんでぇ、あんなに大騒ぎしたのに地味だな。自慢のメイド服はやめたのかよ」 「下着がないのに、ミニスカート履かせたいなんて、中々親父発想ね、カミナ」 「そ、んなつもりで云ったんじゃねぇよ!!」 もういやだ、と泣きが入りそうになる。 「じゃ、あとヨロシク」 「は?」 「ちゃんと面倒見て上げなさいね」 「俺が?」 「あんた以外誰がいるっての?」 「なんでだ、洋服もたくさんあんだから、理事長の所の方がいいんじゃねぇのか。俺ん家じゃ食糧事情もあぶねぇ時があんだぜ」 「万が一を考えて理事長の所は却下、アタシもグレンラガンの機体調整と教師のお仕事で忙しいから除外。食糧事情が危ないのは経済的にではなくて、あんたの自己管理の問題だから解決できるわ」 「ガキの面倒なんざみたことねぇ男所帯だぞ、ウチは」 ごねるカミナに放たれた止めの一言は、 「あんたに送られてきて、あんたに懐いてんだから、あんたが責任持って養いなさい」 そして追い討ちの言葉。 「開けたあんたが悪いのよ」 「原因はお前の電話だ!!ヘンな事まくし立てるから思わず力んじまったんだよ」 「だから、常日頃から言ってるでしょ、グレンラガンのパイロツトなんだから、何時如何なる時でも冷静でいなさいって」 完敗。シモンを制服の胸ポケットに放り込み、とっぷりと暗くなった通学路をカミナは全力疾走で駆け下りた。 全力疾走で酸欠のせいか、押し寄せる理不尽な展開のせいか、頭痛のする頭を抱えて自宅の門をくぐり、そのまま二階の自室に上がる。 胸のポケットで目を回していたシモンをデスクに置いて、溜息を落とした。 ふらふらしながらカミナに近寄ろうとしているシモンは、まさに生まれたての雛鳥なのだろう。 指を差し出してやると、しがみついてくる。そのまま腕を上げると指にぶらりと下がって足が宙をける。案外力は強いらしく、そのままぶら下がって、足を前後に揺らしていた。 ぱさりと、ハーフパンツだけがデスクに落ちた。 「なんだよ、ちゃんとベルト締めとけ。大事なモンがぶらぶらしてんぞ」 ふと思いついてシモンを降ろし、引出しからサラシを出してきた。それを細い幅に裁つ。 「褌のしめ方教えてやんよ」 ハーフパンツを履き直してるのを止め、上着も脱がせる。裁ったサラシを渡して、自分も素っ裸になった。 「俺のやる通りにしろよ」 そう云ってするすると締め、更に腹にもサラシを巻いていく。手馴れているのは、幼少期に父親に教えられたからだ。 それをシモンはじっと見つめる。 「も一度やった方がいいか?」 首を振り、同じようにするすると締め始める。 教えられた通りに褌とサラシを身につけて、これでいいかと云うように、カミナに見せた。 「ちゃんと出来たな。今度はあっち向いて座れ」 シモンを自分と同じ方向を向かせ、背後からシモンの左足をとる。 「靴が出来るまでこれで我慢しろな。この巻き方も覚えろ」 サラシと同じ細幅の布を左足に巻いていってやる。足の甲、踵を包み、脛の半ばまで。これもじっと観察して、カミナのする通りに自分の右足に巻きつけていく。 その上に上着とハーフパンツを着た。 「それでいんじゃね」 上着は長袖。これから暑くなっていく季節だが、多分これでこの小人に過不足がないのだろう。あんな容姿と言動だが、科学者としてもスゴ腕の奴のやる事に間違いはほとんどない。 身につけたものを確かめるようにシモンがベルトを締めなおしたり、サラシの具合を確かめる。と、何かを思いついたようにカミナを手招く。顔を近づけたカミナの唇にシモンがキスをしてくる。どうやら感謝の意のようだ。 「キス魔か、お前は」 目の前の非現実物に頭痛がぶり返す。ふいになったデートの代わりがコレかと思うと、また溜息が出てしまう。 「カミナ」 耳慣れない声に顔を上げる。 「ありがとう、大好き」 シモンが満面の笑みを浮かべている。 「お前、喋れんのか」 思わず小人を強く掴んでしまう。悲鳴がまた上がり、慌てて力を弛める。 「シモン、お前何者なんだ?」 「カミナ」 「おう」 「カミナ」 「あ?」 ニコニコと笑っている。 「他になんか喋れないのかよ」 「大好き」 「いい、わかった」 卵から孵った時からの仕草で会話を理解しているらしい事は分かっていた。 自分から喋るのがままならなかったのは、生まれたてで経験値が足りなかったようだ。複数人に接触して短時間で経験値が上がったらしい。やはり育てろという事なんだろうか。 「何の罰ゲームだよ」 携帯メールが着信を知らせる。 『恋愛候補養成シュミレーションゲーム、せいぜい頑張りなさい byリーロン』 絶対監視カメラがあると苛立ちまぎれに携帯を投げつける。 ベッドに跳ねた携帯から着信音が鳴る。 「てめぇ」 怒鳴ろうとした所に携帯からの声を聞き止める。 「なぁに、イラついても仕様がないでしょ。急用は終わった?」 相手はヨーコだった。シモンをそっとデスクに乗せ、携帯を持ち直す。 「悪ぃ、ちょっとバイト先から急に出てくれって頼まれてよ。世話になってるトコで断れなくて…。すまねぇ、なかなか連絡入れられなくて」 嘘がすらすらと出る自分はキライだ。 そっか、と電話の向こうの相手は一拍おいて呟く。 「いいよ、あんたが人からの頼まれ事を断れないことくらい分かってるわよ。ま、今日は残念だったね。また今度誘ってよ」 声のテンションは明るいが、気を使わせているのが分かる。 今から顔だけでも見に行っていいかと、云おうとした瞬間、デスクの上からシモンが落ちた。 幸い放置されたままの大量のコンビニ袋上に落ちたので、ケガは無さそうだ。 もがいているので、ビニールの中からつまんで救出してやる。 「お前っ、何してんだ大人しくしてろ」 目が放せない小人が憎い。 「悪ぃ、会いてぇんだが、まだ片付かねぇ。近い内に埋め合わせする」 「うん、楽しみにしてる」 そう云って切れた携帯をしばらく放せない。 「カミナ」 シモンが手に頬擦りをしてくる。 「くそっ」 そのままベッドに飛び込んで、不貞寝を始めた。 |