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 リンゴーンとやたら重厚な呼び鈴が響いた。
 ここは悪の組織テッペリン財団に対抗すべく秘密裏に結社された学校法人紅蓮学園の、ガンメン対抗人型兵器の完成に勤しむ神野ジョー博士の屋敷。
 博士の一人息子で高等部2年のカミナは慌てて玄関に向かった。
 自宅から駅までは自転車を飛ばして十分強、約束の時間に遅れそうで今すぐにでも出掛けようとしていたカミナは切れそうになりながら応えた。
「ったく、これから出るっつう時に、はいはいはいーっ、今いきますーっ」
 扉の向こうには、宅配便を届けに来た配達員が幽霊屋敷にも見える手入れの行き届かない屋敷の様子にビクビクしていた。
 手早くシャチハタを押して受け取った小包は20p立方ほどの国際便で、珍しくカミナ宛の荷物だった。
 仮にも悪の組織と戦う準備を進めている結社に属するカミナは、送り先が不審な荷物に慎重になった。今までだって、直接・間接的に仕掛けてくるテッペリンの妨害工作(相手は虫けらを払う程度の認識かもしれないが)がないことはない。
 本当は今すぐにでも出掛けたいのだが、内容物を確認せずに行って、帰ってきたら家が残骸になっていましたでは、洒落にもならない。
 そうでなくとも現在この幽霊屋敷の地下にはクソ親父謹製のガンメン対抗人型兵器が完成間近に眠っていらっしゃる。
 だからこの時期に家中に不審物を入れられないし、この時期だからこそ、まだ普通の高校生を装って出掛けたい。人の恋路の邪魔をすんなってんだコノヤローと内心叫びつつ。地下の兵器が目覚めたら、その搭乗者として育てられた自分は真っ当な人生を歩めないのは百も承知だ。
 一般家庭の玄関には決して置いていない非破壊検査装置で中身を確認する。
 中身は15センチ程度の卵とそれを固定するための台座のようだった。
 爆発物の可能性は無いが、新種のウィルスが入っていて開けた途端死亡も嫌なパターンだよなと思う。
 小包の外周部に封書が入っているのを見つけた。
 そっと上り框に移して、包装だけを慎重に剥すと、封書だけを手に取った。
 宛名はやはり自分の名前。普段、神野家に届く国際便はほとんどが神野ジョー博士宛のものだ。それはやたら分厚い紙の束だったり、日本では手に入らない機械パーツであったりする。
 好奇心を押さえる事が出来ず、カミナは封書を開く。
「シモン?」
 紙にはシモンと書かれた単語と卵の開封を指示する旨しか書かれていなかった。
 本来ならば、父親の判断を仰いだ方がいいのだろうが、その父親は昨日から一週間程の旅行に出ていてここには居ない。海外の知人が不幸に見舞われたと、普段豪快な男が鎮痛な顔で出て行った。
 学園で父親に次ぐメカニック担当、普段は学園の物理教師の顔が頭を過ぎる。いつもなら色々な意味で絶対に近寄りたくない性別不詳な人物だが、この場合は仕方が無いというか…。
 カミナは唸って、心の中で葛藤して、冷や汗を流して、なんとか決心をして、その人物にとりあえずこの小包を預けに行くことにした。
 そうでなければ、約束に間に合わない。
 今から山頂にある学園に戻って、一気に麓の駅まで駆け下りる。それはどう見積もっても約束の時間をかるく越してしまう。相手に連絡して遅れる旨を伝えておこうと思い、携帯を取り出す。
 思うようにいかない幼馴染との関係が憂いの溜息になって落ちた瞬間、携帯が高らかに鳴り響く。
「手前ぇ、なんの用だよっ」
「あらぁ、レポートの提出期限は一昨日だったって忘れてなぁい?その催促なんだけど」
 自分の心臓の音が携帯越しの相手に聞こえたのではないかと思うほど、激しく跳ねた。
 今から会おうとした人間の方から連絡が入ってくるのは、タイミングが良すぎて気持ちが悪い。まさか自宅を覗かれているなんて事は……、微妙に否定できない環境が非常に悲しい。
 学園とこの屋敷は地下通路で繋がっているし、学園理事長室とホットラインも引かれている。その地下通路を通学に使わせて貰うのは非常識だとカミナには解っているが、毎日山頂まで急勾配の通学路を思うと移動機器のあるこちらを使いたいのが人情だ。
「お、親父の手伝いで、んなヒマねえって、知ってやがるだろ」
「それはそれ、これはこれ、だと思うけど」
 まだ静まらない心臓をなだめようとするが物理教師はたたみ掛けるようにカミナをからかい始めた。
「今日の16時半に駅の改札前、そろそろ行かないとマズイんじゃなぁい、まだ家なんでしょ?」
「おまっ、なんで知っていやがる」
「女を待たせるなんて、サイテーよ。さっさとお出掛けなさいな」
「んじゃこのタイミングって時に携帯かけてくんな、行かせろ、オカマ」
「あら、イかせて欲しいの〜?」
「だれがお前にだよ!!」
 声がイヤでも裏返る。
 いかん、こんな事をしている場合じゃないと思いながらも、喧嘩であればそれが口でもついつい乗ってしまう自分の性質が悲しい。
「いつもはグレンラガン製作に駆り出され、遊ぶヒマもレポート書いてくれるヒマもないのに、運良く今日は神野博士がご不在で、幼馴染のヨーコとデートできるんでしょ?」
 タイミングが良すぎて気持ち悪い、が、なんでそんな事まで知っているの怒りに変わる。
 やっぱりウチを覗いていやがるのか。
 その怒りのままに思わず箱を掴み、思い切り力を入れてしまった。紙製ハニカム構造(要はダンボール)の箱はカミナの馬鹿力にグシャリと潰れ、長辺15pの卵がミシリと音を立てた。
「だあああ!!」
 危険物かもしれないものを潰しかけてカミナは焦る。そして散々からかわれ、何が何だか分からなくなり怒ったままの状態から、判断を誤った。
 不審物に同封されていた手紙通りに、台座にあるスイッチを押してしまったのである。


 パシュンと高い音をたてて卵は割れ、生暖かい液体がカミナの掌から零れた。
 やっちまった、と全身から血の気が引いていく。
 液体は掌から腕につたい落ちたが、ただ生ぬるいだけで、痛みも刺激も何も起こらない。
 掌に少しの重みと温度がある。
 それが動いた。
 恐怖と好奇心をない交ぜにしながら、カミナは掌を覗き込む。
 廊下に転がり落ちた携帯からは物理教師が何かを叫んでいるが、それどころではない。顔を近づけてまじまじと見る。
 それは小さな人間だった。闇夜色の髪、細くて白い手足、幼さが残る少年の身体、小さいけれどきちんと人間のパーツ総てを揃えている。
 掌に横たわっていたそれが身を捩じらせ、起き上がり、ひたとカミナを見詰めた。
「シ…モン…?」
 なんとなく封書にあった名前を呟くと小人はにこりと笑い、カミナの顔に腕を伸ばして唇にキスをした。
「な、な、な、なんじゃこりゃあ」
 シュチュエーション的に当然な叫びを上げたカミナの声に小人は驚いたが、再びカミナの唇を小さな舌で舐め始めた。
「ちょっ、てめ、何すんだよ」
 潰さないように気を配りつつ引き離す。なぜ引き離されたのか解らないという表情で小人は尚もカミナの顔に触れようとするが、次の瞬間、ふるりと身体を震わせてはカミナの掌で身を縮こまらせた。
「なんだお前、寒いのか」
 掌が濡れているのを思い出し、シャツの裾で身体を拭いてやる。
 身体を縮めたまま、小人は次第にがくがくと震え始めた。
「え、な、何だよ、どうすりゃいいんだよ、ちょっ、取説、取扱説明書、何でなにも書いてねぇんだよ、不親切過ぎにも程があるってんだ、責任者出て来いーーっ」
 そっと手の中の小人を暖めるように両手で包む。
 携帯からは相変わらず物理教師が叫んでいたが、カミナは自室へ走り、次いで洗面室に駆け込んだ。
 卵カプセルと外環境の温度差についていけないのなら、体温程度の湯に入れれば大丈夫かと考え、洗面器に温い湯を注ぎ、そこにそっと小人を浸からせた。
 小人はカミナの指に縋りつきカタカタと震えたままだ。
 神野家廊下の立派な古時計はボーンとひとつ鳴り、四時半を告げた。


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