1


「すごいわ、シモン!!空と大地の境界線が見えます!!」
 王族移動専用ガンカーの座席から身を乗り出して、ニアが感嘆をあげる。
 天蓋付ではあるが比較的シンプルな(はっきりいうとショボい)ガンカーが荒野を渡っていた。
「た、立ち上がったら危ないよ、ニア!!…姫さま」
 小型ガンメンに乗ったシモンが慌ててニア姫に駆け寄る。
「……姫様、お座りいただけますか。シモン、隊列を乱すな」
 ヴィラルがニアを嗜める。
 ニア達十数人の一行は切立った崖の上から、岩ばかりの赤い大地が広がる荒野を見下ろしていた。乾いた砂混じりの強風が逆巻き、今からの旅が楽しいとは決していえない様子である。唯一の救いは頭上が抜けるような晴天で、砂塵にさえ気をつければ当面の旅路には何ら支障が無いようだった。
「す、すいません、師匠」
 しんがりを務めるヴィラルが乗る馬の脇に戻ったシモンは、幼い頃から尊敬する剣の師匠に謝る。
「これからは王都に、テッペリン王宮へ行くのだ。言葉遣いと身分には重々気を付けねば、お前だけではなく、ニア姫様にも迷惑がおよぶ」
 小さく項垂れるシモンは、それでも身内の人間の前で、自分の乳姉弟に敬称をつけて呼べるようになったのは多少の進歩だろう。
 ヴィラルはそんな二人を交互に見ながら馬を進める。
 この旅の一行の主であり、ヴィラルとシモンが仕えるニア・テッペリンはこの国の王、螺旋王ロージェノムの第12子、第7王女で王位継承権を持つ一人。
 王都で誕生して3歳の誕生日にこの辺境ジーハに封ぜられ、育った。
 この度、14年ぶりに王都に召還され、今はその途上。辺境ジーハから王都までは徒歩だと一ヶ月の行程を始めたばかりだ。
 他の王子や王女は王都に暮らしているか、ニアと同じ様に地方に封ぜられている者もいる。
 王都の堅苦しい宮廷生活と無縁なせいか、ニアは天衣無縫そのもので、これからの王都での生活を思うと、少々頭が痛い。
 特に、護衛兼乳姉弟である、傍らで小型ガンメンにのるシモンへの態度は親しすぎて宮廷では奇異の目で見られるだろう。
 シモンは王族でもなければ、貴族でも、彼らを護る騎士の階級ですらない。ガンメンを操りはするが、単にニア姫付の従者である。ジーハで天涯孤独、生まれた頃からニア姫の側にいた。幼い頃は逆にニア姫がシモンを育てた乳姉弟だった。
 陽が中天に昇りきる。適当な岩陰を見つけて、ヴィラルが声を掛け全員の足が止まる。
「そろそろ休憩にする、一同停止」
 気温が上がりきるこの時間の移動は、徒の者もいる旅には効率が悪い。ここで三時間程休憩を取り、陽が傾き始めてから宵にかけて距離をのばす。
 厳しい日差しと強風を避け、居心地の良い影たまりに休息の場を全員で設け、昼食を取り始める。
「昨日お会いしたヨーコさん達はもう村に辿り着かれたのでしょうか」
 ニアは同席を遠慮しまくるシモンを側に呼び、お茶でくつろぐ。
 話しにのぼったその一行は、旅の商人達で昨日今のように休憩していた頃に出会い、いくらか交流を交わした。
 特にニアは女だてらに用心棒をしていたヨーコという女性の、旅の話に夢中になっていた。
 同世代で自由に旅が出来るという事に興味を惹かれたらしい。
「好きなところに旅が出来るなんて素晴らしいですね」
 憧れが溢れるその言葉には、自分の身分をわきまえた悲しさも滲んでいる。
 今回の王都召還の意味を察しているヴィラルは、そんな主を心配しつつ、自分のカスタムガンメンが載せられたトレーラー(八足歩行)を仰ぎ見る。
「このまま無事王都に着ければ良いがな」
 ヴィラルは元々王都の極東方面軍所属であったが、12年前に螺旋王直々にニアの護衛の命を拝してからは、ニアの側を離れる事無く今日まで過ごした。
 辺境のジーハでは大した外敵が来る事もなく、シモンを弟子に剣の修行に明け暮れる静かな生活を送っていた。
 トレーラーの上に横たわる白いガンメンは、エンキと名付けられ、12年前は極東の最前線で修羅の戦いをしていたが、現在は動かす事も精々が村の土木工事で困った際に出すだけで、すっかり汎用作業機となっている。
 万が一、この旅の途上で刺客などに襲われれば往時の活躍は出来ないかもしれない。腕を鈍らせているわけではないが、実戦から遠のきすぎているのと、最新の王都配備のものに比べると古い型式になっている。
 しかも今回の護衛がこの古いエンキと、戦力になるかどうかも分からないシモンの小型ガンメンのみだ。
 今、ニアがきゃあきゃあと話している一行に居た、性別不詳のリーロンという技術者が話す最新ガンメンの性能を思い出さずにはいられない。
「元々カスタムって事はあなた専用に製作されているはずだから、最新の一般兵の汎用と比較しても劣っていると考えるのは早計だと思うわ。ま、火器の威力限定って事なら話は別だけど。新しい対ガンメン砲弾の威力は凄いけれど、製作が難しいみたいで数はそんなに出回らないみたい」
 しげしげとエンキを観察しながらリーロンは結論付けた。
 王都に戻ったら火器系統を見直してみよう。それまで、何事もなければいいが。
 女用心棒が狙っている賞金首とやらに遭遇の可能性もある。
 それに、王位継承を狙って他の王子達の刺客が襲ってくる可能性もあるかもしれない。
 今回の王都召還は、他の王子王女たちも一斉に召還されている。おそらくこのテッペリン王国跡継ぎが何らかの形で決着がつくのだろう。
 抜けるように澄んだ空と赤い不毛な大地にニアの楽しげな声が響く。
 出来ればこの姫様には、そんな争いから無縁でいて貰いたいと望む自分がいた。
 見渡すかぎりの荒野に風が強い。その後方にある平和に過ごしてきたジーハはとうに見えない。
 もともとこの地方は20年ほど前にテッペリン王国に吸収された土地だ。そのせいかリットナーはこの地方の中でも独立の気風が高いく、商人たちが賑わう小都市として繁栄している。最近では自治権を望む声も出ているようで、空気には多少不穏なものも混じっている。二十年前のような紛争が再び起こらなければといいが、とヴィラルは思う。
「お気をつけなさい」
 リーロンもヨーコもそう云い残し自分の旅路に戻った。
 特に身分を明かさなかったが、ショボくても王族用のガンカーを見ればニア姫の身分は明らかだ。
 世慣れているリーロンとヨーコは特に何も云わなかったが、きっと察していただろう。


 陽が傾き、再び荒野を進む旅路に戻る。隊列を組み直したので、シモンはニア姫の側に付いた。
「テッペリンってどんな所なんですか?」
 大して変化のない風景を飽きる事無く見つめるニア姫にシモンは尋ねる。
「私はあまり覚えていません。三歳までしかいなかったし、城の中から出た事がなかったから。だから私、生まれた所よりジーハの方が詳しいのよ」
 ふわりと微笑む笑顔に、シモンは胸が締め付けられる。この旅の終わりには、ニアとの姉弟の関係もなくなってしまうだろうと思って。
 生まれた時にはもう側にこの姫がいて、天涯孤独の身の上に過ぎるような愛情を注いで貰い、姉のように、母のように慕い過ごしてきた。
 その愛しい存在が、遠くなる。本来の身分に相応しい場所に行ってしまう。
 取り残される寂しさを心の奥に押し込め、笑ってみせる。彼女の邪魔にならないように、少しでも彼女の役に立てるように。もう少し側にいられるように。


 陽が地平線に接し始めた頃。空の片方は既に夜に染まっている。
 何かの気配を感じて、シモンは夜の闇の方をひたと見つめる。
 夜陰に乗じて肉食獣が獲物を狙う、地を這うような気配。
 ヴィラルも何かを感じているようで、俄かに緊張が高まる。
 射撃音が遠くで鳴った。
「師匠!!」
 ヴィラルを振り返ったその瞬間、闇から銀色の一撃が走り、エンキを載せたトレーラーを直撃した。
 シモンの小型ガンメンがニア姫を庇いガンカーに飛び付く。
「師匠!!」
 続いて銀色の閃光がニアの乗るガンカーを直撃した。
 爆煙からシモンのガンメンが飛び出す。直撃寸前にニア姫を助け出し、ヴィラルの方に走り出した。
 直撃を避けられた人々も、次々と上がる炎に呑み込まれてしまう。
 ヴィラルは中破したエンキに乗り込み起動させる。
 闇から大きな影が飛び出してエンキを縦に切断しようと剣を振り下ろす。襲いかかる刃を炎上したままにエンキが抜刀し受け止める。
「なめるなよ」
 赤くごつい機体と白く細身のエンキが切り結び火花が辺りに散る。
 人も荷物も炎に包まれ、空を赤く染める。
 炎の中、ニア姫を自分のコクピットに乗せ、周囲を見渡す。
 切り結ぶ度にエンキが押されていっている。
 炎を背に浮かび上がる二体の他にはガンメンは見当たらない。
「他に襲ってくるものはいないようです」
 ニア姫が落ち着いた声で告げる。
「え」
 ニア姫がコクピット中央のコアドリルを差し込む機器に手を当てるとゲージがMAXになっていく。
「このラガンは人の螺旋力で出力を上げる型ですから、私も少々お手伝いできます」
「ニア?」
「恐れないで、レーダーに他の襲撃者も見当たりません」
「う、うん」
 いつもの優しい笑顔がシモンを励ました。
 しかし前方で繰り広げられる戦闘は、エンキの機関部が爆発し唐突に終わった。
「師匠!!」
 閣座するエンキは爆煙に呑みこまれ、その炎を背に赤いガンメンがシモン達に迫ってくる。
 掴みかかろうとする腕をかわし、相手の足の間を抜ける。
 倒れたエンキの刀を掴み、相手の腹部に投げつける。
 振り返りざまにそれを叩き落した相手にもう一本刀を投げつけると同時に、ラガンはドリル形態に変わり、叩き落そうと上段に構えた相手の脇に体当たりをした。
 衝撃に体制を崩す相手の右腕の付け根をラガンのドリルで狙う。
「うおおおーーーーーー!!」
 見事に間接を貫き、右腕はコードや火花を晒してだらりと垂れた。
 この機体差で相手を倒すのは不可能だと判断し、シモンは脚部の関節に狙いを定める。
 動けなくさせれば、単体の相手は深追いはしないだろう。あの大きさに比べはるかに小さいラガンは小回りもきく。なんとかこの場からニアを逃さないと。
 強くレバーを握り直し、大地を蹴る。相手の左膝関節を狙ったが、動きを読まれたのか蹴りの反撃に合い、地面にめり込む。
「くっ」
 早く体制を立て直そうとした所に、相手は中途半端にぶら下がった右腕を自ら引き千切り、ラガンにぶつけてきた。咄嗟に避ける事も出来ないまま、投げられた腕が爆発を起こし、ラガンは沈黙した。
「動けっ」
 もう一度レバーを握り直し、痛む身体を奮い立たせた。微かにラガンが反応したが、更に大きい衝撃が上から圧し掛かり、地面にめり込む。
 赤い機体がラガンを踏み、ぎりぎりと重量をかけてくる。
 ぎしり、とラガンが悲鳴を上げる。コクピット内にも火花が上がり始めた。
「ロージェノムの姫さん、あんたを殺してやるぜ。このまま踏み潰すのもいいが、引きずり出して手足をもぎ取り首だけ王都に返すのもいいよな」
 相手の声が響いた。
 ニアの命が目的か、とシモンは歯軋りする。
 ここでニアを死なせる訳にはいかない。
 大事な大事な人。俺を育ててくれた人、俺を一人にしないでいてくれた人。俺の全て、俺の。
 コアドリルをさしたパネルがシモンの心に反応して輝きだす。
「ニアに手は出させない!!」
 叫んだシモンに応えラガンが再びドリル形態に変わり、相手の足を底から貫いた。膝下を破壊し、相手のコクピットに狙いを定める。
「手前ぇの戦法、見切れてんだよ!!」
 相手にドリルが刺さった瞬間、横殴りに吹飛ばされて再度地面にめり込む。
「きゃあぁ」
 ラガンの中の二人も負傷の度合いが増している。
 それでも相手に大きいダメージを与えたようで、赤い機体は炎を噴いた。
 遠くなりかける意識を無理やり引き戻し、立ち上がろうとする。
 今なら逃げられる。少しでも遠くに。
「頼む、ラガン」
 その時、シモンは炎の中に立つ人影を見た。
 渦巻く炎と同じ紅蓮のマントが翻る。高い空と同じ色をした髪と上半身を纏う刺青。
 怖ろしく長い刀とそれを担ぐ逞しい肉体。目はサングラスで見えなかったが、身体中から殺気を立ち昇らせて近づいてきている。
 炎のような気迫に押されて全身が竦んだ。
 竦んだシモンに代わりニアがハッチを開いた。
「私を誰だと心得ますか、螺旋王ロージェノムの第七王女ニアと知っての狼藉ですか!!」
 シモンを庇うように立ちはだかる。
「そんなこたぁ承知の上だ、こちとら大グレン団の鬼リーダー、カミナ様だ!!その命いただくぜ!!」
「ニアっ!!」
 カミナが振り下ろした大刀を、我に返ったシモンが剣で受ける。が圧倒的な力に押されて長い刃が目の前にまで迫る。
「シモン!!」
 ニアを助けたい。その一心が奇跡を引き寄せた。カミナの力が一瞬弱まる。それを見逃す事無くシモンは叫ぶ。
「ラガンっ!!」
 シモンの声と共にラガンから無数のドリルが突き出し、カミナを後退させる。
 素早くラガンに乗り込んだシモンはコアドリルを捻り、出力を上げる。
「頼んだよ、ラガン」
「シモン?!」
 ラガンが眩い光を放ち始めるとシモンは地面に降りた。ニアが引き止める前にハッチは閉ざされ、ラガンの脚部から飛行用の噴射が始まる。
「ご無事に王都にお帰り下さい、ニア姫」
 噴射が一層強くなり、小型のガンメンは夜空に上昇していった。ニアの叫びを連れて。
「ちっ!!」
 逃がした獲物を追うべく、カミナが追撃用のミサイルを撃ち込もうと、自分のガンメンに向かう。
 その背中に殺気を感じて大刀と共に振り向くと、シモンの剣とかち合う。
「ニアに手は出させない!!」
「やるな、ガキ」
 互いに、それぞれの武器を構え直した


BACK

inserted by FC2 system