2 徒歩なら一ヶ月でも、ダンガンメンモードならば一昼夜飛び続ければ王都に辿り着く。 フルパワーに設定したから、きっとニアは無事に王都に辿り着いてくれる。 「頼んだよ、ラガン」 彼方へ小さく消えていく自分のガンメンの無事を祈りつつ、シモンは刺青の男に向き合う。 「やるじゃねぇか、ガキ」 常人なら使いこなせない長さの刀を構えて凶悪に笑う。 サングラスの奥から放たれる殺意がシモンを貫く。 向けられる殺意に押されながらも、ニアへの追撃を止められるのならば、ここで打ち負けてもいい。そう決意してシモンは剣を構え直した。 燃え上がるガンカーの炎の熱風が、カミナのマントとシモンのポンチョをはためかせる。 数拍置いて、二人の武器が噛み合う音が響き始めた。 カミナの攻撃は一太刀が重い。長く重量のある刀が、常人のスピードより早く振り下ろされる。その一撃で多くの人間が屠られてきている。 それをシモンが何とか受け止められているのは、剣の師匠であるヴィラルとの日頃の修行の賜物だった。 ヴィラルは王国兵士通常装備の剣の他に、鉈も愛用していた。広幅の鉈はヴィラルの膂力も相まって重い斬撃を繰り出す。それを相手にする修行を何年も受けて来たからこそ、カミナの攻撃を真っ向から受け止められている。いや、数度切り結び耐えているシモンの方が、小さい身体に似合わず素晴らしいというべきか。 剣と大刀がぶつかり合う音は止まない。 ガキだと思ったが油断ならねぇ、とカミナは内心哂った。 脚力が怖ろしく良い。 小さな身体の軽さと脚力を活かして、速い一撃を隙無く打ち込んで来る。それだけでは剣の重さが無く、致命的な一撃には到らないのだが、時折自分の全体重を載せた鋭い一撃で急所を狙ってくる。 俺様だから防げてんだけどよ、と思いながら手応えのある相手に戦闘本能が昂ぶってくる。 隙のない打ち込みと不意に繰り出してくる急所を突く剣から、左腕と右脛に朱色のラインが数本できた。 尚も止まないシモンの攻撃だが、カミナは口角を僅かに吊り上げる。 剣筋が見切れてきたのだ。今までは剣筋を見極めるために軽くいなしていたが、そろそろ本気とばかりに剣を持ちかえる。 構えを変えたカミナを見て、シモンの足が一瞬止まる。そこを狙いカミナがシモンの足元に鞘を投げつけた。僅かに生じたシモンの隙を突いて大刀を薙ぐ。その一閃が左膝を切り、シモンは地に倒れた。 これで脚力が要のこいつは終わりだ。 蹲る少年にとどめを刺そうと近づいたカミナは片足を掴まれた。引きずり倒そうとするその力は思わぬ強さで、身体のバランスを崩す。 脚力だけではなく腕力も強く、振り払おうにも中々離せない。 「ニアに手は、出させない、絶対に」 掴んで離さない手や頭を踏みつけ、身体に蹴りを入れてもシモンはしぶとく足を放さない。 やっと振り払った時には、シモンは気を失っていた。 「しぶてぇ奴だな」 うつ伏せになっている身体を足で転がし仰向けにさせる。 小さな身体によらず鍛えられた剣の腕と、珍しい小型ガンメンを操る素質。 ニアと名乗ったロージェノムの娘は、このガキをシモンと呼んだ。その名には少なからず縁がある。 蹴られて腫れ上がったシモンの顔をしばし見つめる。 こいつは面白いかもしれないと、カミナは自分の塒に連れて帰る事にした。 大破した自分のガンメンに戻り、通信回線を開く。 「俺だ、派手にぶち壊したから、迎えを寄越せ。それとあのオカマのメカニックを呼び戻しておけ」 カミナは気絶したシモンをグレンのコクピットに放り込んだ。 「切り込み隊長がお出迎えとはどういう風の吹き回しだ、キタン」 「またダイグレンが拗ねやがってよ、動くのにもうちょい時間が掛かるって云うからヒマ潰しにな。しかしこりゃまた派手に壊されたな。手強い相手だったのか?」 小一時間後、回収班と共にやってきたのは大グレン団というならず者の集団の中でも一目置かれている切込み隊長のキタンだった。 片腕片足を無くしたグレンが回収されるのを、キタンが珍しげに見た。 大グレン団はテッペリン王国のあちらこちらに出没し、略奪や王国軍に攻撃をする賊でもあり、王国に反旗を翻す集団に加わる傭兵集団でもある。 ただの愚連隊と罵られることもあれば、レジスタンス達には救世主と讃えられる事もある。 そんな訳で王国や近隣諸国から追われており、特にリーダーのカミナには高額の賞金が賭けられていた。 そのカミナが昨日、以前から取引のあるリットナーの整備士の通信からロージェノムの王女が旅をしていると情報を得て、単機で襲撃に出た。 「これは俺個人の復讐だ、お前らが付き合う必要はねぇ」 そう云い捨てて出撃した。 「カッコ良く出撃して、このザマかよ」 普段は度量が広い男っぷりにキタンは敬服しているのだが、こと王家や国軍には過剰になりがちな攻撃をするリーダーを心配している。螺旋王に恨みがあるとは聞いているが、詳しい事は語らないところが男らしいと思いつつ、水臭さも感じる。 「で、その姫は殺せたのか?」 「それがコイツのお陰で取り逃がしちまった」 グレンのコクピットに横たわるシモンを顎で指した。 「ガキじゃねぇか」 「よく鍛えられてあったぜ。コイツのせいで取り逃がしちまったが、姫さんがこいつに執心してるみてぇだったから、ま、代わりの獲物ってとこだな」 「こいつをエサにその姫さんを引きずり出そうってのか?」 カミナは片方だけの口角を上げて笑う。 「他にもガンメンが居たってリーロンから聞いていたがそいつはどうした?」 「最初に喰らわせてやった一発で中破したのに、それでも立ち向かってきやがった。ま、ちょいと組み合ったら即自壊したがな。脱出ポッドが飛び出したから、それ以外の本体と武器は回収できるぜ」 「じゃ、ありがたく頂いていくか」 トレーラーに乗せられたグレンのコクピットに、カミナはシモンを膝に乗せ、腫れた顔に触れた。 「シモン」 それは14年前に無くしたモノと同じ名。 逃がした姫は元ジーハ村があった場所から来たと聞いた。ただの偶然だろうか、それともこの少年は、あのシモンなのだろうか。剣を構えて睨んでいた大きな瞳に誰かの面影が被る。 もしそうならば… 「シモン」 もう一度その名を口にすると、胸の奥にある埋められない空洞の形がはっきりと分かった。その空虚感に口が苦笑の形を取る。 夜の闇を駆けた先、谷間に巨大な身を隠した旗艦ダイグレンがカミナを迎える。 移動要塞ダイグレン、歩く巨大なガンメンはカミナの第二の故郷だった。 |