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「おかえりなさいませ、神野博士」
 自宅から地下通路内を移動し、学園地下基地、移動要塞ダイグレン格納庫への扉を開くと、ニア・テッペリン理事長が迎えてくれた。
「おう、帰ったぜ、理事長。報告しなきゃならねぇ事が色々ある」
「追手が掛かっているとか」
「一応撒いたが、近い内にここもヤツらにバレる。念の為俺の帰宅はまだ伏せといてくれ」
「とうとう来るべき日が来たのですね」
 一週間振りの地下基地は、グレンラガンの移送準備に慌しい。
「帰って早々仕事をする父親に付き合せられたご子息はギリギリの登校でしたよ」
 受信したたばかりのデータを整理していたリーロンも博士を迎え、地上を指差して笑う。
「あのプログラムも確認されましたね」
「ああ。今日中にグレンラガンをこっちに移送して、とっととあれをインストールしといてくれ」
「了解。やはりシモンは堀田博士の作ったものですね。あのプログラム、今までグレンラガンに欠けていたバランス調整を完璧に補っているもの。これで実戦シミュレーションを本格的に開始できるわ」
「さすが堀田博士です。でもリーロンさん、シモンは堀田博士の製作されたものでしょうか?シモン自体が堀田博士という可能性もあるのでは、ねぇ神野博士?」
 満面の笑みで理事長は問いかける。
「それはねぇよ、ニア嬢ちゃん」
「なぜでしょう?」
「コイツ調べてくれ」
 神野博士は小さいカプセルを取り出した。


 この世で一番苦手な大グレン団三巨頭が、地下でグレンラガンを移送する準備をし始めた時、地上でカミナは暇を持て余していた。
 土曜日の午前は自主教育の一環だとかで、部活動のみというカリキュラムになっているが、部に所属していないカミナはする事が無い。同じような無所属の生徒は自習が原則だが、カミナが大人しくそれに従うはずもなく、朝のホームルームが終われば、屋上の定位置で学園を見下ろしていた。
 いつもより更に早い時間から働かされていたから、今が格好の睡眠時間なのだが、校庭で走り回るヨーコを目で追ってしまう。
 幾つもの部活を掛け持ちするヨーコは、おそらく一週間の中で今日が一番忙しい。
 運動部だけでなく、文化部も数個掛け持ちしているから、一体どういうスケジュールでこの日を過ごすのやら。
 今も空手部の胴衣のまま、ライダースーツとヘルメットを背負って走り去って行った。
 見えなくなった彼女に、今日の放課後をどうしたものかと逡巡する。
 予告なく帰宅した父親のあの様子では、今日から地下基地に籠もらされて、グレンラガンの完成につき合わされ、週明けからは学校を休ませられるだろう。
 ヨーコに貸しを返すと云ったものの、実のところ自分にはないない尽くしだ。喜ばせるプレゼントをしようにも、何が欲しいのかも分からないし、ついでに金もない。幼い頃から育った想いを、いつものふざけた口調でなく、真摯な言葉で語り尽くす時間も父親に制限を設けられてしまったので、ままならない。
 あるのはただ彼女への熱い想いのみ。
 今日はそれを伝えるだけがせいぜいだろう。だが『待っていて欲しい』と告げるだけで、修まるだろうか。
「あのじゃじゃ馬、腕の中で大人しく守られてくれるような玉じゃねぇしな」
 ただ大人しく待っていてくれなどと、彼女の性格からは到底無理な気がする…。
 第一、テッペリンとの一大決戦にどれほどの月日が掛かるのかは窺い知れない。一体どれほど待たす事になるかも分からないのだ。
 そのあたりを考え出すと、先の見えないもどかしさに行き詰まり、思考は甘い妄想へと逃げを図る。
 告白の後キスくらい許してくれるんだろうか、いやしたいなら唇を奪って逃走とか、いやいや逃げてどうすんだよ俺。そこは一気にむにゃむにゃ傾れこむくらいの覚悟で…
 本気と妄想を膨らませ、拳を握り締めたり顔をニヤケさせたりしていたが、気持ちのいい陽気と不足気味だった睡眠欲に、カミナはいつの間にか眠ってしまった。
 携帯に入ったメールの音で目を覚ましたのは、午後二時。
 下校時刻を回っている。各部の活動の違いから下校時刻がバラバラとは言え、大半の生徒は昼を過ぎれば帰っている。
 リーロンからそろそろ地下基地に降りて来いとのメッセージに、胸ポケットに眠ったままの小人の重みを確認し、カミナは慌ててヨーコを探しにクラスに戻った。
「ヨーコを見なかったか?」
 クラスに残っていたクラスメイトに尋ねると、彼女はまだ部活から戻っていないと告げられ、とりあえず手近な部をあたる。
 まず新聞部。編集会議中のようだが、ヨーコの姿は見当たらない。扉のガラスにべたりと張り付いたカミナに驚いた部員が、部長はまだ他の部活中で、今日の夕方に会議に顔を出す予定だと教えてくれた。今はモーターサイクル部とエアライフル部の夏の合同合宿打合せ中だという。
 時間に急かされ、校舎から徒歩10分程離れた二つの部に足を向ける。
 活動の音に配慮したのか、モーターサイクル部とエアライフル部は校舎からかなり離れた場所にある。この二つの部の他にあと二つばかり入った部活棟の地下は、丁度大グレン団の牙城・移動要塞ダイグレンの武器格納庫の真上だ。
 その中でも一際大きい建物は、長距離砲撃用カノン砲部。これは明らかに理事長がふざけて設置した部だとカミナは疑っている。
 ダイグレンの実用に向く生徒を選抜するためか、そういう部品が学園に入るためのカモフラージュか。理事長の真意は分からねぇが、ヨーコもそこに入部する事はないだろう。つか、この部が日本では許されないだろう。こういう話では突っ込まないで欲しいとどこからか声が聞こえないでもないが。
 取りとめも無い事を考えながら着いた部室を覗くと、すぐにヨーコはカミナに気が付き、席を立たないまま、ごめんと唇を動かす。
 いつものトコにいる、とカミナも口だけを動かすとヨーコは小さく頷いた。
 いつもとは逆に待つ立場になったカミナは、仕様がなく再び戻った屋上でいつもの如くごろりと寝そべる。ヨーコに自分の居場所は伝えておいたから、ここに居ればいいのだろうが、手持ち無沙汰で仕様がない。元来、待つのは苦手だ。
「アニキ」
 シモンがぺたりと頬に張り付いてきた。
「お腹、減った」
「お、悪い」
 ポケットで寝ているだけとはいえ、朝以来何も口に入れていないのを思い出し(一度集中したら脇目も振らず前進あるのみ!)、学ランのポケットから、シモンの好物を取り出す。
 咀嚼して、口移し。父親にもドン引きされたが、すっかり慣れた。
「も少し、食べたい」
 いつもはスティック半分程度で掛かるストップが、まるっと一本を平らげる。残りの三本をカミナがぺろりといただく。
「たくさん食べて、でっかくなれよ」
 云ったものの、どう成長するのか見当がつかない。
「でっかく?」
 シモンも疑問に思ったのか、反復される。
「あ〜、でかくってのは…お前の場合どうなんだろうな…?」
 よもや小人から普通サイズにはなりえないだろう…。このスケールのまま体長16,7センチ成長すれば良い方…なのだろうか?
 痩せた少年といった見た目だが意外に力が強い。人の身体をよじ登ったり、頬を抓られると思いの他痛いし、ジャンプ力もある。運動神経は良いのだろうが、小人の平均的体力なのベンチマークが存在しないので、比較は出来ない。
「一緒に戦うから、なんか特技か必殺技があればいいな」
 度胸もある。部分的に頭のいいところも昨晩実証済みだ。
「昨日あれだけのプログラム組めたんだから、当面は俺のサポートか?」
 昨晩あたりから語彙が比較的に向上したシモンに、カミナがふと思い当たる。
「そういやお前、ここでヨーコの魅惑の谷間にダイブしたろ?」
 あの時は人語が覚束なかったが、今なら!
「どどどどどんな感触だったんでえ?」
 一瞬、きょとんとしてから、シモンはへにゃりと笑った。
「あたたかくて、やわらかくて、ぷるん、気持ち良かった」
 語尾にハートマーク。
 語彙が増えたとはいえ、その表現は幼稚園児レベルだ。
 羨ましさに握りつぶしてやりたい衝動を、カミナ全力で自制する。このまま右手にありったけの力を込めたら、魅惑のおっぱいの感想がそれ以上聞けなくなってしまう。
「おおおおおう、兄弟、ぷるん、ってのはどんなぷるんなんだ?」
 いつもより遥かに低い声と血走った眼のカミナに怯える事無く、シモンは思いつく限りの単語を並べる。
「やわらかい、けど、押し返してくる。…え…と、体を洗う泡が、ぎゅって集まった感じ」
その拙い表現が、カミナの想像を掻き立てて、血液が腹の下に集中していく。
「あったかくて、いい匂いがして、ふわふわ包んでくれて、とっても気持ち良い」
「だよな、そうだよな、俺も一瞬だったがあん時は事は一生忘れねぇ!!いや、アレ位で満足してたら男が廃る!!これからもっとあの深い峡谷に近付く挑戦は続くんだ!!」
 興奮し始めたカミナを呆然と見上げるシモンを置き去りに、カミナの欲望は加速を増して行く。
「顔を埋めて柔らかさを思う存分堪能し、溢れる大きさを確かめつつ手で揉みしだいて、最終到達目標はナニを挟んで扱いてもらう!!」
 高校生男子のマグマの様な魂の叫びが爆発する。
「いや待て、その前に普段あの魅惑の峡谷を隠してるけしからんセーラーを取り除かねえと!!剥いだ瞬間のぷるんって反応が堪らねぇだろうなあああああ剥きてえぇ!!」
 自分の発した言葉に煽られさらに興奮していくのだが。
「あだぁっ!!」
 突如後頭部に衝撃を受ける。父親の拳骨に鍛えられた石頭でなかったら気絶する程の強さだった。
「なにスケベな事大声で叫んでんのよ、バカカミナ」
 聞き慣れた声に、カミナは恐る恐る振り返る。空気が読めるようになったシモンは、カミナの袖口に無理矢理潜り込んで身を隠す。
「聞、こえて、ましたか?どの、あたり、から?」
 ヨーコの赤い髪が怒りを表してる様に見える。
「顔を埋めて、から」
 始めっから全部じゃねぇか。
「どんな借りの返され方されるか分かったもんじゃないわね」
 凍っていくような周りの空気が痛い。
「いや、その、ほら」
 感謝の気持ちだとか、今までの借りを返すとか、一世一代の告白とか、本当に本っ当に真面目な話をしたいんだけれどもとか、死ぬわけではないのに、そんな想いが走馬灯のように駆け巡る。
 大きく振りかぶるヨーコのフォームがスローで見えた。
 乾いた音が青空に高く響く。


 平手の跡がくっきりとついた顔で、地下基地の大グレン団に迎えられる神野カミナ・色々な意味で発育良好な17歳。
 数日前にもこんな曝しプレイをした記憶がある。先日と違うのは、甲斐甲斐しくなったシモンが頬に保冷剤をあててくれている事だが、それがいっそう惨めさを呼び起こさないでもない。
「飽きないわね、あんたたち」
「んだよ、屋上にも監視カメラ仕込んでおけよ」
「設置してますけど、今回はカメラから遠い位置だったんです。それに経費削減で音声は拾っておりませんから、観賞する迫力にはいまひとつかと」
 リーロン、神野ジョー博士、ニア・テッペリン理事長と、カミナがこの世で一番苦手な3巨頭にそれぞれお言葉をいただく。
「まあきっちりフラれてすっきりしただろ。これで心置きなくグレンラガンの完成に勤しめ」
「フラれてねえ!!」
 今にも殴り掛かろうとするカミナの首根っこをリーロンが押さえる。
「親子喧嘩は後にして頂戴。博士、ご報告をどうぞ。もうグレンラガンがこちらに到着してしまいます。さっさと仕事を進めて…」
 リーロンが云い終わらない内に格納庫ハッチが開き、グレンラガンが地下基地に運び込まれて来た。
「グレンラガン!」
 カミナの頬を冷やしていたシモンが歓声を上げた。
「あらあら仕事が早くて助かるわ」
 はしゃぐシモンを神野博士が冷ややかに一瞥し、声を上げた。
「野郎共よぉく聞きやがれ、テッペリンの攻撃が近い今グレンラガンの完成が急務だ!!これまで不安定だった操作系統も解決の目途が立った。堀田博士が切り札を俺達に託して寄越したからな」
 集まった大グレン団から驚きの声が上がった。
「ただふざけた事に切り札ってのは、堀田博士が造ったその小人だ」
 神野博士がシモンを指差した。
 古参の団員達はシモンを見ながら、似てると思っていたと囁き合い、比較的新しい団員は堀田博士の名前が出たことに驚いている。
 ざわめく大グレン団を余所にカミナは首を傾げる。
「堀田博士ってのがシモンの親かよ。その名前どっかで聞いた事あるような…」
「相変わらずお前は記憶力が海外逃亡中だな。堀田博士ってのは、グレンラガンのもう一人の設計者だろが」
「ああ、設計図だけ残してったていう…」
 カミナが顔さえ覚えていないのは記憶力が海外逃亡中だからではない。まだ物心がつく前に、堀田博士は研究室に閉じこもり人前には滅多に出ない生活を送っており、グレンラガンの設計が完成すると大グレン団を去ったからだった。
「テッペリン財団総帥で私の父、ロージェノム・テッペリンの日本侵攻にいち早く気付き、私や神野博士と大グレン団を創設した同志です」
 理事長が古い写真を取り出し、カミナに見せた。
 そこにはシモンを十年程成長させたような青年と、幼い理事長がのほほんとした笑顔で写っていた。
「似てっけど、シモンの親父?普通サイズの人間…だよな」
「当り前だ馬鹿野郎。その小人は学生時代の堀田にそっくりだが、小人の父親が普通の人間な訳ねぇだろ。…そいつは堀田に造られた、いわゆる人造人間で…」
 溜息を一つ吐いた神野博士の眉間に深い縦皺が出来る。
「そいつはグレンラガンのもう一人のパイロットなんだよ」
 まあ素敵です、と理事長はいつもの調子で笑顔をほころばせる。
「はあ?小人だぞ?」
「そうだよ、畜生!!堀田のヤツ何考えてやがったんだ!!」
「ってか、グレンラガンって二人乗り?!」
「応」
「俺は知らなかったぞ、リーロン!!」
 カミナがリーロンに詰め寄る。神野博士に次ぐ頭脳を持つメカニックは眉を顰めた。
「頭部コクピットの存在は知っていたわ。でも私、あれは胴体側のコクピットが損傷した時の非常用とばかり…」
 リーロンに同意するように他のメカニック達も頷き、戸惑いの視線を神野博士に向ける。
「いや、その認識は違う。グレンラガンは最初から二人乗りで設計した。当初は俺と堀田それぞれの息子二人が乗る予定だったんだよ。一人でも動かせるが、二人で操縦した方が、性能が圧倒的に勝る。勿論分離して別個稼動も出来る。お前が搭乗してる胴体機がグレンで、頭部機はラガンってんだ」
「なんで二体に分けたんだよ?つか、グレンとラガンって安易なネーミングじゃね?」
「合体は男のロマンだろうがっ!!シンプルな名前が男らしいじゃねぇか!!」
「なるほど!!」
「そこに疑問は抱いて欲しいわねぇ」
 強く頷き合い、腕をくみかわす神野親子にリーロンが溜息をつく。似た者親子が男のロマンとやらを語り出すまえに、博士を話へと引き戻すのはリーロンの役目だ。
「別にお前に秘密にしてた訳じゃねぇが、二人のパイロットを揃える事が早い段階で頓挫しちまったから、ウチの馬鹿息子一人で動かせる様に変更してきたんだ」
 早い段階で頓挫?とカミナは突っ込もうとしたが、リーロンの質問がそれを阻んだ。
「けれど最初の計画に沿って、堀田博士がパイロットとしてこのシモンを送ってきたのだとしても、このシモンではサイズ上大問題では?テッペリンが早晩攻撃してくる可能性が高い今、シモンに合わせて頭部コクピット換装は神野博士とアタシが寝もせず徹夜を一月続けたって無理だわ。それに、シモンの知能もそのレベルには達しているようには見受けられない」
「だから、堀田のヤツ何考えてやがったのか、俺にもさっぱり分かんねぇんだよ」
 腕組みした神野博士は盛大に溜息を吐いた。
 パイロット不合格を言い立てられている当のシモンは、そんな事はどこ吹く風でカミナの頬に当てる保冷剤を取り替えていた。その様子を憎々しげに神野博士は睨んだ。
「んじゃ、なんでシモンが小人サイズなのか、当の堀田博士とやらに聞けばいいじゃねぇか。いきなり送りつけて来やがったお返しに一発殴りてぇしな」
「無理だよ、死んじまったからな」
 神野博士以外の全員が動きを止めた。
「十年以上も音沙汰がなかったヤツからメールが来たから、指定の住所(海外)に行ってみりゃ、ヤツは死んでたよ、俺が見た時はもう、黒い残骸だけだった。テッペリンが俺より早くヤツを見つけやがったようだ」
 騒がしかった構内が水を打ったように静まり返る。
「神野博士へのメールがテッペリンの捜索網にでも引っ掛かったのかしら…。博士…間に合わなかったんですね…。それは、…悲しい事ですね…」
 リーロンが沈痛な面持ちで状況を推測した。
「いいえ、きっと…」
 理事長が、シモンを見つめて静かに声を上げた。
「きっと、シモンをここに送る為に、ご自分が囮になられたのでしょう」
 決して大きくない声だったが、その場にいた者全員に凛と届いた。
「パイロット一人、しかも人造生命体を、テッペリンの眼を誤魔化して日本に送るのに、一番いい方法を選ばれたのではないかと思います。小包サイズならば偽造パスポートの手配も必要ありませんし、まさか小包に人造生命体を入れている等と、誰も思いつかないでしょう。シモンを送り出してから、自分の居場所を故意に流して陽動されたのでしょう」
 理事長が話す内容に、クルー達は堀田博士の覚悟の程を知る。
「堀田のこったから、小人の身体に仕掛けがあるはずだ。CTかMRIかなんかを小人にかけてみろ。脳データにでもなにか隠してやがんじゃねぇか」
 近付いてくる神野博士に、シモンは怯えてカミナの髪の中に潜り込む。
「いえ、きっと堀田博士がきちんと対策をされていますわ。このまましばらく待てば宜しいかと」
 咄嗟にシモンを庇うカミナを、力ずくで押さえ込もうとした神野博士を理事長が止めた。
「俺にも追っ手が掛かったんだ、思うよりテッペリンの攻撃は早いと思うぜ。ちんたら待ってられねえんだがな」
 阻んだた華奢な少女の手に、眉を顰めた。
「大丈夫です。私は堀田博士を信じます」
 言い切る理事長に、神野博士の表情が歪む。
「堀田博士の事だから、時限的に解放コードが発動する、とか仕掛けてんじゃないかしら?」
「仕掛けって、小っちえコイツにか?なんか気味悪ぃな」
 カミナの言葉にシモンがびくりと震え、髪の間から這い出して、心もとなげにカミナを見上げる。
「別にお前が悪いんじゃねぇから、そんな顔すんな」
 カミナが自分の頭にシモンを押し付け、小さい身体を撫でてやる。
「堀田はそういうヤツなんだよ。神の領域を侵すような、人から見りゃ気味の悪い研究に没頭してたからな。良く云や人工生命体の世界的権威だが、詰まるところマッドサイエンティストだ。テッペリン本部にゃ堀田の成果で出来た化物揃いの特殊部隊もある。その小人はそんなヤツが造ったモンだ、そこんトコは肝に刻んどけ」
 見上げてくる理事長の視線に、シモンの解析を諦め手を引く。
「まあどう考えてもそいつはグレンラガンのパーツか何かには違いねえ。カミナ、その小さい相棒をしっかり仕込め」
「相棒?いや、こいつは俺の弟分だぜ、親父!!今の話じゃ俺とシモンは血よりも濃い絆で繋がってんだろ!!」
 小人を誇らしげに掲げる。
「弟…ねえ…、グレンラガンは俺と堀田で作ったモンだし、お前は俺の息子で、小人は堀田の息子みたいなモンだから、まあ、そうとも云えるが…」
 意気高揚している息子を冷ややかに見る。
「今のところは只の小人だがな」
「何云ってやがる!コイツはこう見えて力は結構強いし、俺にもグレンラガンにも懐いてんだ。何より今まで親父達が手をこまねいていたグレンラガンの完成に役立ってんじゃねぇか!!シモンは一緒に戦う大事な俺の魂の兄弟分だ!!そりゃ人様においそれとご披露はできねぇが、食料事情的には当世環境に合わせてエコだしな」
 シモンが嬉しさに震えながら、自分を掴むカミナの手にしっかり抱きついた。
「アニキ!!」
「おう!」
「アニキ!!」
「おう!」
 ×10。ひたすら互いの名前を呼び合う。
「って事で、理事長の判断に沿って、今まで通りの計画でグレンラガンの完成に勤しむ。模擬訓練をさくさくこなす、小人が修正プログラムをまた出すかもしれねぇが、それを優先するつもりだ。おい、嬢ちゃん、そろそろその馬鹿共の馴れ合い止めてくんねぇか!!」


 大グレン団員が各々の持ち場に戻った後、理事長が神野博士に話しかけて来た。
「持ち帰られたあの骨。確かに堀田博士の骨のデータと一致しました」
 神野博士から渡されたカプセルを、理事長は胸に抱えていた。
「間に合わなくて、悪かったな」
 二人の視線はグレンラガンに向けられている。
 今カミナがコクピットに乗り込むところだ。
 クルー達は忙しく立ち回り始め、地下基地は様々な音に満ちてゆく。
 少し離れた場所にいる二人はその様子を見詰める。
「私、堀田博士の事が好きだったんですよ」
「ああ、知ってた」
「そうでしたか」
 ニアは目を伏せ少し悲しげに微笑んだ。
 幼かったニア理事長の想いは、堀田博士には届かなかった。いや、まず堀田博士が他人との接触を拒んでいた。だから彼女の思いは幾分歪んだまま成長した。歪みながら人知れず育って行き、同じ志を持つ事を支えに、この学園と大グレン団を守ってきたのだろう。
 だから、彼の面影が濃いあの小人を見て、彼女は酷く喜んだのだろう。
ただそれがあの小人に女装させた事と関係があるのかは、神野博士はあまり考えたくは無かったが。
 メカニック達の呼びかけに、神野博士はグレンラガンに近付いていく。



 夜。地下基地は休まず動いているが、地上の学園は静まり返っている。
 物理準備室で教師の仕事を片付けていたリーロンに、神野博士が休憩のついでに差し入れを持ってきた。
 書類を片付け終えたリーロンのタイミングを見計らい、手に持ったアルコールを見せる。
「これからどんどんお肌荒れちゃいますわ」
「その割には楽しげだな」
 労をねぎらおうと、アルコールを注ぐものを探す。デスクのマグカップには冷めたコーヒーがまだ残っていて、そこに注ぐ程神野博士は無神経ではない。
「あれが堀田の最後の遺産か。マッドサイエンティストの本領発揮っつうこったな」
 今日初めて見た14p足らずの人工生命体。
「抜けぬけと俺の息子に送りつけやがって」
外見が堀田博士に似ているのは、自分の身体を実験に使ったせいか、先に亡くした婚約者との子供を形にしたかったからか。
息子の言い分ではないが、どうにも生命を弄るような研究成果に神経が逆撫でされる。
「なんだか帰られてからずっとイライラされてますわね、更年期障害ですか?」
 しかも堀田博士の思惑通りに動かされている気がしてどうにも気色悪い。
「犯すぞ、てめぇ」
「双方同意ならいつでも歓迎しますわよ」
「すまん、嘘」
 鳥肌を立ててカミナと全く同じ反応をする神野博士に、リーロンは笑う。
 神野博士の標準男性の感受性は確実にカミナに受け継がれている。
「自分の身体を犠牲にして人工生命体を創り出した男と、自分の息子を自分の設計した兵器に搭乗させる男とはどっちが人でなしかしらね」
 呟くリーロンの言葉に神野博士は哂う。
 俺たちはマッドサイエンティストだぜ、どっちもな。
 ビーカーになみなみと注いだ飲料用アルコールを窓から覗く月に掲げ、一気に胃に流し込んだ。
 決戦の幕が上がる。そう強く神野博士は感じた。


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