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「やだ」
 シモン生後一日と数時間にして、発する単語の四番目はこれだった。
「仕様がねぇだろこりゃ仕事なんだからよ、四の五の云わずに俺様謹製小人用ベッドで大人しく寝てやがれ」
「やだっ」
 放課後にリーロンから渡された実験課題、紙束厚約10センチをこなすべく、帰宅してすぐに地下に眠るの鋼鉄の兄弟に会いに行こうとし、カミナはまたもやシモンの扱いに手を焼いた。
 この小人を機器が溢れる地下格納庫に連れて行って、迷子になられたり(この神野家と山頂の学園地下基地は繋がっているので、遭難しようと思えば普通サイズに人間でも可能)、計器設備やグレンラガンを壊す原因になったり、逆にそれらでシモンがケガを負う等という事態に遭うのは勘弁願いたかった。
 そこで小箱に布を詰め込んでシモンのサイズにあったベッドを作り、大人しく寝ていなさいと告げたのだが。
「一緒にいる」
 カミナの腕にしがみつきながら、更に喋る単語を増やす。
「カミナの側にいる!!」
「手前ぇ、語彙が増えて、文節になっているじゃねぇか」
 人差し指と親指で細い首を絞めて気絶させてやろうかとも考えたが、必死にしがみついてくるシモンが、幼い頃母親の遺体に縋っていた自分に思えて、結局カミナは地下に連れて降りる事にした。
 カミナ側にいる事に掛けてはシモンの二戦全勝。生後間もない小人にしては中々の健闘ぶりである(比較対象なし)。
 定位置になりつつあるカミナの胸ポケットに収められ、神野家地下ガンメン対抗人型兵器格納庫に降りた。
「これがクソ親父作、俺様が操縦するグレンラガンだ。いかつくて格好いいだろ」
 自慢げに紅いガンメンをシモンに紹介する。
「グレンラガン」
 シモンが精一杯の声で復唱した。
「そうだ、日本の守護者にして、俺の戦友、戦う男の青春の印であり、俺の弟分だ」
 憧憬の眼差しでカミナとガンメンを交互に見上げるシモン。
 こいつにも男の魂ってヤツが分かるのだなと大いに満足しつつ、カミナはコクピットに入る。シモンはポケットから身を乗り出し興味津々に内部を見回している。
「そこで大人しくしとけよ」
 小さい頭を撫でてやると猫の様に喉を鳴らした。
 資料を広げ、操縦桿を握り、カミナは課題に向き合う。
 内容は簡単な動作をし、その時の各動力、負荷等のデータを記録するという毎朝の作業とほぼ同じなのだが、ただその内容が細かい。慣れた作業とは云え、ひたすら続く単純作業はカミナの性格にはかなりの苦痛をもたらす。それでもこれを真面目にするのは、例の父親・リーロン・理事長の三段攻撃を受けたくないのと、ここをキチンと詰めないとグレンラガンを一人前の男にしてやれないと分かっているからだ。戦うからにはこの機体の能力を最大限に引き出して、来るべき一世一代の晴れ舞台で思う存分暴れさせてやりたい。
 三時間が経った頃に、カミナは操縦桿を放してシートに凭れた。空調完備の格納庫とコクピットでも汗が伝い落ちる。
 シモンがポケットから這い出てカミナの肩に移り、カミナの頬や額にキスをしてくる。
「なんだ、腹減ったか?」
 グレンラガンから降り、用意していたコンビニ調達の食料を広げ、腹に詰め込み始める。
 シモンは食べる事に興味を抱き始めたのか、パンやおにぎりを選んでカミナに差し出し咀嚼をせがんだ。あれこれ試して、シモンはショートブレッド形の栄養補助食が気に入ったようだった。
 食べ物としては味気ないものを好むなぁとカミナはやや不満気味だ。これできちんと育ってくれるのか一抹の不安を覚える。
 腹ごしらえを終え、再びコクピットのシートに座ったカミナの頭の天辺にシモンが上る。
 頭頂から背伸びをして、天井から突き出ているドリルの鋭い先端にしがみつき、ドリルをよじ登り始めた。
「シモン、何してんだ」
 すぐに気が付いたカミナに摘まれて、ポケットに戻される。
「ヘンな設計だろ、クソ親父はなんで天井にあんな危ねぇもん出したんだろうな」
 カミナにとってそれは始めからそこに突き出ていたので大して気にはならなかったが、よくよく見れば危ないかこれはと今更ながらに思う。こういう大雑把な認識は豪快な正確の父親の遺伝子が強く影響している。
 再び課題に取り組み始め、結局全てこなし終えたのは、午前四時。
「シモン、生きてるか?」
 胸ポケットに呼びかけると、目を擦りながらシモンが顔を出し、カミナの顔キスをしてくる。
「カミナぁ…」
「後はリーロンの野郎にデータを飛ばしゃ終わりだ」
 午前の授業はサボりだなと時刻を確認して欠伸をした。
 立ち上がるとふらつく足に気合を入れて、データを転送し、格納庫の電源を落とす。もう一度気合を入れて、長い階段を昇り自室のベッドに辿り着くと、力尽きて頭から倒れ込んだ。
 視界がすぐに狭くなっていく。
 なんにせよ、これであのオカマに文句は云わせねぇとシーツを手繰り寄せて被る。
 急速に落ちていく意識の片隅に何かが引っ掛かったが、眠気にボディブローを連発されてカミナはすぐに高鼾を掻き始めた。


 四時間後、午前八時にカミナは目を覚ました。
 窓の外はすがすがしい朝の光や小鳥の声なぞが溢れている。
 若さってヤツは怖ろしいと思いながら浮上していく意識のなかで、はたと小人の存在に思い当たる。慌てて胸ポケットを探るが、そこに小さい存在はいなかった。
「シモンっ」
 眠気に負けてベッドに倒れたが、シモンを圧迫させて小さい死骸でベッドを汚していないだろうか。嫌な汗が噴き出そうになった。
「カミナ」
 自分の髪の間から声が聞こえた。声の主は肩から腕を伝いベッドに降りて、笑顔でカミナを見上げてくる。
「いいか、今日から寝る時はここで寝ろ。自慢じゃねぇが俺の寝相は豪快だからな、寝てる間に潰されちまうぞ」
 安堵しながら、昨晩作ったベッドを指し、この部屋でのサバイバルを説く。
「大丈夫」
 また単語が増えている。
 確実に寝不足なのだが起きてしまったので、とりあえず登校する。
 席に着いた途端、机に突っ伏してそのまま寝てしまったのだが。
 担任の出欠確認にも返事をせず、ひたすら眠り授業を無視し続け、四時限目前の休憩時間にやっと意識を取り戻した。顔は伏せたままシモンの様子を窺うと、寝息を立てて大人しくポケットに収まっているのを見て安心する。騒ぎを起こさない良い子でいてくれたらしい。
 呆れる級友たちの視線を集めながら教室を出、物理準備室の奥から地下基地へ降りると、昨晩から今朝に掛けて採取したデータがスクリーンに表示されリーロンと理事長が議論していた。
「ご苦労様、ちゃんと全てのデータを取ってくれて」
「打屋先生がデータ収集には感心してらっしゃいましたが、午前の授業態度には微妙なお顔をされていましたわ」
 それぞれに労いの言葉を掛けてくれる。
「打屋先生には悪いんだけど、今からデータ確認したいから、今から授業はサボっちゃって。ランチはおごってあげるから」
 教師としては推奨されない発言をしながらリーロンはカミナにコーヒーを淹れた。
 出されたコーヒーにシモンが近づき、角砂糖とクリームを入れスプーンでキチンと混ぜてから、カミナの方にマグカップを押しやる。
「あら、可愛い給仕さんだこと」
 いつの間にそんな事を覚えたのかと驚きながらそのコーヒーを口にすると、自分の好みの味と甘さになっていて二回驚く。成長した小人を褒めようとした時、理事長が身体を震わせカミナのマグカップを奪った。
「シモンっ、いけません!!」
 可愛い眦がキリキリと吊上がり、シモンを睨みつけた。その迫力に竦みあがった小人を掴み、壁際のミニキッチンに歩み去る。シンクにカップの中身を流し、リーロンにもう一杯のコーヒーを淹れるように要請する。掴んだままの小人と自分のカバンを持ち、テーブルに戻ると神速でシモンの服を脱がせ、カバンから取り出したものを着せた。
「このお洋服で給仕して差し上げるのが正義というものです」
 一昨日サイズが合わなかったはずのゴスロリメイド服が、今日はオーダーメイドよろしくぴったりフィットしている。ご丁寧にヘッドドレスもサイズ直しをしたらしく、シモンの頭部を飾る。興味深く自らたくし上げ確認しているフリルたっぷりのミニスカートの裾、その中には柔らかくふくらむカボチャパンツ。ニーソックスの感触がくすぐったいのか、膝をすり合わせている。足先にはどうやって作ったのかぜひ聞きたいエナメルの靴。
1/10フィギュアとして完成した姿で、新しく淹れられたマグカップの前に立たされたシモンに理事長は満足そうに頷く。
「シモン、もう一度です」
 理事長の真剣な声に慌ててシモンはもう一度角砂糖とクリームを入れ、スプーンでキチンと混ぜてカミナの方にカップを押しやる。
「そこで『コーヒーが入りました、どうぞお召し上がり下さいませ、ご主人様』です」
「コ?」
 難しい顔で理事長を見上げる。
「まだ長い言葉を話すのは無理そうですよ、理事長」
 楽しそうにリーロンが助け舟を出す。
「では、カミナ君に向かって『ご主人様』と言ってごらんなさい」
「ご…?」
「な、何やってんだ、あんたら!!俺はそんな倒錯した主従関係をシモンと築くつもりは毛程も無ぇ!!」
 やっと我に返ったカミナが力任せにテーブルを叩いた。
 怒鳴り声に自分が怒られたのだと思ったシモンがへたり込んで泣き出した。
「ご、しゅ…ま…」
「お前を怒ってんじゃねぇ、シモン!!」
「シモン、『ご主人様』が言い辛かったら『マスター』でも良いのですよ」
「嬢ちゃん!!」
 その呼び方はカミナが真剣に怒っている時だと知っているので、理事長は「『マイロード』の方がお好みですか?」と聞くのを止めた。
「第一、男にこんな女装させて何が楽しい!! 生まれたての小人にどういう躾を施すつもりだ!! 一昨日サイズが合わなかったメイド服が今日は完璧にシモン仕様になってるって事は、理事長あんた昨日の技術会議この服のためにサボリやがったのか!!」
「まあまあ、若い内からそんなに血圧上げるモンじゃないわよ」
「あんたらがそうさせてんだよ!!」
「せっかく理事長が作ってくださったんだから、頂いておきなさい。シモンにだって服の予備があった方が良いでしょ。因みにこれはあたしからのプレゼント」
 シモンの前に小さい靴と紅蓮学園の制服一式を置いた。
「データ解析や授業で忙しいんじゃなかったのかよ」
「器用なあたしを責めないで」
 怒鳴り続けた喉を落ち着かせようと目の前のコーヒーを飲む。自分の給仕したものをカミナが飲干すのを見て、シモンはやっと涙を止めて嬉しそうに微笑んだ。健気な様子のメイド姿の小人に、俺がキチンと育てなくてはと決意を新たにした。
 頭のイタい出来事の後も、頭の痛い話だった。採取したデータが示すものについてリーロンが延々と質問と解説をしてくる。しかもそのすぐ側で理事長がシモンの撮影会をし始めたのだから堪らない。
「完璧です、リーロンさんの採寸に間違いはありませんね、素晴らしいわ」
 写メを撮る理事長が構える携帯はテーブルより低い位置にある。そういう羞恥心がまだ育っていないシモンは下着が見える角度を惜しげもなく提供していた。
「ティースプーンを持って下さい。そうそう、可愛いですね」
 ポーズを要求して更にシャッターを切る。
「理事長…」
「大丈夫です、後でカミナ君の携帯にもお送りします」
「いや、携帯は恥かしいから家のPCに…って、違う!!」
「カミナ、こっちの話に集中して。戦闘で死にたくないでしょ」
 湧きあがるこの感情は怒りだろうか悔しさだろうか。
 その後もカミナは理事長を喜ばせてしまう。
 昼食前にメイド服を着替えさせる時と、口移し餌の与え方に。
 確実にカミナの体力と気力は減り続けた。


 やっと解放されたのは既に授業が終了した後だった。
 人が少なくなった放課後の教室に自分の荷物を取りに戻り、カミナはまだ教室に残っていたヨーコと顔を合わせた。 当り前だが、まだ昨日の小人がもたらした甘酸っぱい青春一件を怒っているのだろう、ヨーコは早々に視線を外して教室を出て行った。
 声を掛け損ねて自分のカバンを掴むと、床に数枚の紙が散らばる。
 それが今日の授業のノートのコピーで、書かれた文字は見慣れた幼馴染のもの。慌ててカミナは廊下に出たヨーコを呼び止めた。
「悪ぃ、ヨーコ、いつもありがとうな」
 珍しく素直に感謝の言葉に、ヨーコの照れと嬉しさが絶妙のバランスをとった笑顔が振り返った。一気に先程までの疲れが消え去る。
 しかしヨーコという固有名詞に小人が反応して胸のポケットが不吉に蠢く。慌ててカミナは左胸を押さえた。
こんな所で背後に秘密結社の存在と日本の平和を守る秘密に繋がりかねない小人を、一般人の目に晒す訳にはいかない。聡明な幼馴染はそれを知っても絶対に秘密は守ってくれるだろう。二人だけの秘密などと云う眩暈がするようなシュチュエーションに危うく手が出そうになるが、その秘密は彼女の命が危うくなる事態にも巻き込みかねず、それで彼女を失う事になるなど自分の命に代えてもカミナには出来ない。
 ヨーコの名前に反応する小人をこのまま押しつぶしてやりたい。
 急に左胸を押さえたカミナに眉を顰め、ヨーコは素早く駆け寄ってきた。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
 躊躇なく学ランを寛げるヨーコにカミナはシモンを掌に隠し、尻のポケットに押し込む。丁度そこには着信に震えた携帯があり、それを言い訳にした。
「や、違う。今ケータイが鳴っただけだ」
「じゃあなんで隠すの?」
 学ランとシャツを広げて、怪我や痣の類がないか確認する。
「今日は朝からヒドい顔色で寝てたから、具合が悪いのかと思うじゃない。あんたは時々無茶をしても隠そうとするから」
思いがけない接近にひるんだ隙に、今度は尻ポケットを探られる。
「ちょっ、おま、どこ触んだよ」
 素早く引いたヨーコの手には携帯が握られていて、カミナは胸を撫で下ろす。
 きっとシモンが尻ポケットの底に潜り込み、上手く携帯をヨーコにを掴ませたのだろう。寄せていた眉間の皺が戻ろうとして、固まる。
 自分の二つ折り携帯を開いたヨーコが小刻みに震えているのだ。
 不審に思い、手首ごと引き寄せた携帯のディスプレイには、先程理事長がローアングルで撮影したシモンが映っていた。
 だから、携帯じゃなく自宅のPCにって…違う!!
「ヨ、ヨーコ…?」
 幼馴染のカミナの携帯に、自分の知らない女の子の画像がある。
 その事実は中々の破壊力を持ってヨーコに衝撃を与えた。
 怒りと嫉妬ではっきりと顔は確認できなかったが、ゴスロリメイド服を着た人物が写っている。しかも太腿とレース付き下着を覗かせて。
「…可愛い子じゃない」
 カミナに向けられた顔は、目尻を下げ口角が上がる笑顔の形をしているが、声の低さと立ち上るオーラは、怒りを表している。
「ちがっ、コイツは…」
 誰と言い訳すればいいだろう。知合い?親類?いやいや家族構成をよく知る幼馴染に親類は無理だ、とすれば。
「ほら、アダルトサイトの無料ダウンロー」
「プロの画質じゃないでしょコレ。それから未成年・18歳未満が堂々と云うな」
「いや、そこがウリの」
「巨乳好きがいつからロリコンに宗旨変えしたのかしら」
 新聞部部長はお目が高い上に、幼馴染の性癖をよくご存知で。
 違うんです、こいつは小人でオスなんですと云いたくて云えないカミナは昨日と反対の頬に平手を喰らった。
 とりあえず理事長へ最低半日は説教をしてやりたい。
「大丈夫?」
 今朝発した新しい単語の疑問形を小人が活用する。


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