騒動 木々の新芽はまだ固いながらも、うららかな午後。北町奉行所同心、黒野騎丹は剣術道場の幼馴染兼喧嘩仲間で、本所・南割下水にある神野神名の貧乏屋敷の木戸を開けた。 いつも通り玄関に入らず庭に回ると、案の定、使用人の志門の膝枕で暢気に転寝をしている神名が居た。 小僧の膝枕で鼻の下を伸ばすいい歳をした侍ってのはどうなんだろうと思いつつ、二人に歩み寄る。 神名は鼾をかいていたにも関らず、訪問者に気付き、大あくびを一つして、なんか事件かよ八丁堀、と声を掛けてきた。 「昼間っからいい身分だな神名」 お茶をと云い、立ち上がろうとする志門の膝を神名は押し留める。 「今更こいつなんかに茶を出す必要なんざねぇ。町方は今忙しいって聞いてるぜ。こんなトコで茶なんぞすすってていいのかよ」 でもと云い、尚も立ち上がろうとする志門を、別に今更改まる仲じゃねぇだろと騎丹も視線で制した。 「貧乏人から振舞って貰うには忍びねぇ。てめぇこそ昨日まで岡場所に入り浸りだったんじゃねぇのかよ」 すいません、と見上げてくる志門に騎丹は苦笑を返す。視線だけの二人の会話になんとなく神名はむっとして、声を少しばかり張り上げた。 「うるせぇよ。金になる話でも持ってきたのか?」 「応、ちいっと小遣い稼ぎにどうよ」 騎丹は幼馴染の神名の腕を買い、捕物の助けを借りに時々やって来る。役人では動きがたい件を身軽に動ける幼馴染に吹っ掛けてくる。それは3回に1回の割合で危険な仕事もあるのだが、父親譲りの剣の天分をよく知っており、そんな仕事も平気で押し付けてくる。勿論その見返りは大きく、神野家にとってはありがたいに収入に繋がっていた。 騎丹の話はこうだった。 昨日、大工の一人が仕事仲間と喧嘩になり、鑿で相手の腹を刺して逃げた。刺された相手がその日の夜に亡くなったので、大工を捕まえなくてはならないが、刺したっきりその大工は姿をくらました。行方を捜してはいるが、今のところ足取りは掴めない。 その大工には妻と子供が居るが、近所の話だと大工は日頃から母子にも乱暴に振舞っていたようだ。 家に戻る可能性もあるので、母子は町方の同心長屋に匿ってある。 「そこでだ、お前がそいつの家で待ち伏せして、帰ってきた所を取り押さえてくれ」 「いつ帰ってくるか分かんねぇ奴を、情夫を待つ場末の女郎みたいに待ちぼうけかよ」 「ここんとこ押し込み強盗があちこちで起きてるだろ、奉行所はそっちで手一杯だ、人を割くのが難しくてよ。かと云ってその大工も放っとく訳にもいかねぇ」 「手間賃はずめよ」 交渉成立。 大きく伸びをして神名は起き上がった。 「いよう、神名、また岡場所通いかい」 夕暮れ近く、酒を腰にぶら下げながら通りに出た所で、近所の浪人・雑司ヶ谷が声を掛けてくる。片手だけを上げて通りすぎようとするのに、引き止められた。 「志門にウチの屋根の雨漏り直してもらいてぇんだがよ」 「大工呼べよ」 修繕に器用な腕を発揮する志門は、近所に評判がいい。 「金がねぇんだよ」 「そのくらい稼いで来やがれ。志門は恐れ多くもこの神名様の弟分だ。手間賃高ぇんだぞ」 「んだよ、いいよ、そんならこっそり志門に頼むからよ」 「アイツは俺の云う事っきゃ聞かねぇよ。ヘンに手ぇ出すんじゃねぇぞ」 口ではそう云いつつも、浪人仲間の頼みを無下には断らない。近々志門は修理に行くだろう。 表通りに向かっていると、又、声を掛けてくる者がいた。神名は色々な意味でこの辺りでは有名人だ。 「お、神名の旦那」 中間風の男に見覚えはなかった。 「誰、お前?」 「やだなぁ、昨日一緒に岡場所で飲み明かした仲じゃないっすか。木戸ですよ、木戸」 しばらく顔を眺め、それが昨晩スリにやられそうになっていたのを助けてやった奴だと思い出す。 昨晩は飲んで憂さを晴らしたい気分だったので、偶々助けたこの木戸を相手に遅くまで飲んだ。相手は誰でも良かったから顔を覚える気は最初からない。 「……、ああ、スリにやられかけてた」 「旦那うわばみですねぇ。今晩も?」 いくら飲んでも酔わないのが神名で、それで酒代がかさむと嘆くのが志門だった。 「んにゃ、これからちと野暮用だ。お前この辺の奴だったのかい」 「いえ、そこのお武家屋敷に新しく賭場が立ちましてね。ちょいと遊びに」 神野家のある本所は軽い身分の御家人が多く、その土地の猥雑さも相まって悪事に首を突っ込むこんな輩が割合多くいる。 場所を聞きいて、またえらく近所に賭場が立ったと思いながら、顎を撫でる。 「旦那もよかったら遊びに行きなせぇ」 「気が向いたらな」 木戸が小道に消えていくのを見送ってから、神名は件の大工の長屋に向かった。 ごくありがちな長屋での張り込みは、二日過ぎても何も起こらなかった。 昼間はごろごろと転寝をし、夜は持ち込んだ酒をちびちび飲みながら過ごす。 三日目の昼に、戸口に小さな影が現われた。気配を察して神名は戸を引く。 「差し入れに参りました」 志門がにこにこと立っている。内に入れると包みを広げて握り飯を差し出した。 「……、これ、お前が作ったのか?」 神名が真剣な顔で尋ねる。長年一緒に暮らしているが、志門の作る食事は味がおかしい。いや、はっきり言うと不味い。決してその料理で身体を壊す事はないのだが、壊滅的に不味い。 目の前にあるのが例えただの握り飯でも、油断がならない。 「いえ、ココ爺が握りました。俺、今日は風呂の修繕してたもんで」 「いただきます」 安心して手を伸ばす。 「お前、今日はメシ食ったのか?」 俯きがちに首を振る。 「だからいつまで経ってもデカくならねぇんだよ、おら、食え」 「い、いいです。それは神名様の分ですから」 後退る志門の肩を掴んで、食べかけの握り飯を口に押し付けた。 「朝からちゃんと働いてんだろ」 しぶしぶ神名の手の握り飯に口をつける。 「ご当主は神名様なんですから、俺がこれを食べちゃいけないでしょ」 上目遣いにぼそりともらす口に、ぐいぐいと押し付けて咀嚼を促す。 「いんだよ。昔っからなんでも分けてやったら、お前喜んでたじゃねぇか」 もう一つの握り飯を頬張りながら、志門の口の周りについた飯粒を取って自分の口に放り込む。 「もう、そんな子供じゃないです」 そう云うが、拗ねた口調がまだ幼くて神名は苦笑する。 食べ終わると、仕事の邪魔になるからと志門は早々に帰っていった。 「たまんねぇな」 手に残る細い肩の感触を握り潰して、苦笑する。 自分が志門に惚れていると自覚したのは、割と最近だ。 志門が両親を亡くし、唯一の肉親であるココ爺の元、つまり神野家に来た七年前から、神名は実弟のように可愛がってきた。 身分に差はあったが、幼馴染を交え道場や町や野原に連れてまわり、貧乏屋敷で兄弟の様に暮らしてきたのが、いつの間にか惚れていたらしい。 このまま大きく育ってほしいという親心のような感情と、まっすぐに育っている少年をこの手で汚したいという背徳的な感情が、がっぷり四つに組み合っている。 ある日、襟からちらと見えた細い首にむらっと来たので、頭を冷やそうと岡場所に入り浸りをした。女達を相手に欲は散らしたのに、却って志門への想いが募ってしまったのは予想外の痛手だった。、 それが、いつもに増して酒を飲んで憂さを晴らそうとし、結局顔が見たくなって朝帰りをして日がな一日当の相手の膝枕を堪能したという三日前の経緯だ。 志門は確かに自分を慕ってはいるだろうが、その尊敬の情や主従関係を盾にとり、そういう仲に持ち込むのはどうも気が引ける。いや、志門にも同じように自分を恋慕って欲しいと思う。 そういう感情があの子供にも湧いたなら、手を出してもいいだろうかと、二十を一つ超えた男が煩悶している。 気にいらねぇ事は死んでもしない、と日頃から豪語している自分が、風にふらふらする柳のように揺れているのが笑える。 普段、頭を使わない者が考え出すと碌な事にならない、という典型だろう。 そんな事をつらつらと思っていた深夜、裏手から人の気配がした。 音もなく引き戸がすべり、人影が入ってくる。 襖の陰に座っていた神名はすぐさま刀の柄で当身を食らわせ、床に組み伏せる。抵抗する四肢を刀の下緒で手早く束縛する。 「くそっ」 縛り上げた男の顔は、騎丹から見せられた人相書きの大工であった。 更に裏手で物音がする。 仲間がいたのかと、暫く構えてみたが、再度の襲撃はなかった。気になりはしたが、依頼は大工の身柄拘束だけだったので、役目は果たしたとそのまま奉行所に引きずっていく。 夜中の騒動に長屋連中は飛び起きたが、さっさと男を引きずっていく神名を呆然と見送るしかなかった。 北町奉行所につくと、やけにざわついていた。 真夜中にも関わらず、かがり火が多く焚かれ、与力や同心たちが隊列をなして出て行く。すぐに騎丹が駆け寄ってきて、大工を引き取った。 先日からの押し込み強盗共のねぐらが分かり、これから四ツ谷の廃寺まで取り押さえに行くという。 大捕物に勇んでいるのかやけに目が血走っている幼馴染に、ご苦労さんと言い、自分の役目は済んだとばかりに神名はそのまま帰途についた。 本所は静まり返っている。はずだったが、自分の屋敷の木戸が開いており、微かに人がざわめく気配がする。 踏み込んだ瞬間目に入ったのは、倒れ伏すココ爺と口を塞がれた志門が、数人の男共に連れ去られようとしている所だった。 「てめぇらっ」 踏み出したとしたところに、白刃が遮る。 抜刀した二人に行く手を遮られた隙に、志門を抱えた男が裏手に逃げる。 上手くいったと遮った侍達が思った瞬間、二人の刀が地面に落ちた。それぞれ自分の腕をつけたまま。 「志門をどこに連れて行った?云わねぇと次は膝から下が離れるぜ」 悲鳴を上げる前に地面に叩き伏せられる。 呻きの中から聞いた場所は、先程騎丹から聞いたのと同じ四ツ谷の寺だった。 ココ爺の無事を確かめた神名は、身を翻して駆け始める。 恨まれる覚えは多すぎて、どれが原因かは分からない。 四谷に着くと、ぐるりと廃寺を囲むように町方が潜んでいた。 「神名?!」 騎丹が目の端に入ったが、神名は足を止める事もなく、そのまま寺の塀を越えて、閉ざされた鎧戸を蹴破った。 前方とはるか後方で怒声がしたが、気にせず名乗ってやる。志門がどこかにいるならば、助けに来たぞと知らせる意味も込めて。 「おうおうおうおう、よおっく耳の穴かっぽじって聞きやがれ、本所界隈じゃちいっと名の知れた豪腕迅業、地獄の鬼も叩っ切る神野神名様だ!!盗賊だかなんだか知らねぇが、てめぇらが攫っていきやがったのは俺のモンだ、返してもらうぜ!!」 三十人程の男共が一瞬ざわめいたが、反応早く、刃を抜き払う。 「遅ぇんだよ、下っ端ぁ」 言い終わる前に、近くにいた五人の胴が薙ぎ払われ倒れる。が、奥から更に十数人の浪人たちが加勢に出てくる。 「んだよ、結構な所帯じゃねぇか、親父の大刀持ってくりゃ良かったぜ」 そう云う間にも、次々と足元に賊たちは転がり、無人の野を行くかの如く、神名は奥へと進む。 床に転がる人数が過半数を超えた頃になって、やっと町方同心たちが庭先から押し入ってきた。 「何しやがんだ、てめぇ、俺たちが準備万端捕物しようって時に」 「うるせぇ、こちとらウチの弟分をひっ攫われてんだよ」 立ち向かってきた賊を一人残らず地に伏させ、騒動はおさまったが、志門が見当たらない。 寺の隅々、床下にあった隠し倉まで暴いたが、賊以外の人間は出て来なかった。 焦り始めた神名に、与力が一人殴り掛かって来る。 「貴様っ、我々が」 叫ぶ与力は騎丹に押し留められた。 そんな二人を無視してあたりを見回すと、捕えられた賊の一人に見た顔があった。 四日前にスリに合ったのを助けた木戸である。 繋がったとばかりに、神名は抜き身のまままた何町も駆け抜け、本所の最近立ったと聞いた賭場に殴り込む。そこは 自宅から目と鼻の先にあるかつての武家下屋敷。 賭場の客達や用心棒を蹴り倒し、たどり着いた奥の間に、五、六人の男達と縛られた志門がいた。 「志門!!」 あちこち殴られ顔を腫らしていたが、神名の姿を目にした途端、賊の手から逃れようと健気に暴れ始める。それに手を焼いた男が鳩尾に蹴りを入れ、志門は気を失った。 ゆらり、と神名から殺気が立ち上り、血に濡れたままの刃を構える。 「下手な抵抗しやがると、三途の川を拝ませてやるぜ」 低い、地獄の底から響くような声が男共を竦ませる。 男の一人が志門を盾にしようと身構えた時には、もう遅かった。 男達の悲鳴と、賭場から逃げ去る者達で静かな屋敷町に、俄かに灯りが点りだした。 瞬殺で男達を地に落とし、志門を抱える。手足の束縛を解いて活を入れてやると目を開いた。 「かみな、さま。…ごめん、なさ…い」 「どした、志門」 「俺、迷惑を…。ちゃんと逃げられなくて…」 「なんともねぇよ、それより割といい暴れっぷりだったぜ、さすが俺の弟分だ」 そう云うと安心したのか、志門はまた気を失った。 薄い夜着の下にも幾つか痣が出来ている。 自分のものに傷をつけた奴に対しての憎しみや可哀相にという憐憫と一緒に、自分がこいつを弄りたいという感情が湧き上がる。それを全て鎮めるように、意識のない身体を暫く抱き締めた。 志門を横抱きに抱え、門を出たところで、この騒ぎで駆けつけたのか、数人を従えた騎丹に出くわした。 「神名!!」 「応、早かったな、中に何人か倒れてるから、後、頼むわ」 「お前っちょっと奉行所まで出ろっ」 「志門の手当てが先だ」 すたすたと自宅に歩み去る。 廃屋の奥には五人の男たちが手足の腱を全て切られて、床で呻いている。その内の一人に騎丹は見覚えがあった。 翌日の夕方になっても奉行所に出てこない神名に焦れて、騎丹は神野家に出向いた。 「目の下にクマが出来てんぜ、騎丹」 使用人部屋で横たわる志門の手当てをする神名がいた。 「てめっ、出て来いっつったろう!!」 「大声出すな。志門の手当てが先だっつったろ」 腫れた顔をまめまめしく冷やしてやりながら応える 「それ、いつ終わんだよ…」 相変わらず我が道を突き進む幼馴染に溜息が落ちる。 「こっちはあれから大騒ぎだったんだぜ」 「賊共は全部倒したから、お前ら町方はそんな手間はいらねぇと思ったが」 「あの一味を火付盗賊改方も張ってたんだよ。昨日奴らを囲った所、お前があの寺に入る直前に、火盗から横槍が入ってたんだ。今も奴らの身柄を引き渡せって来てんだぜ」 普段から町方と火盗は仲が悪いのに、この一件で更に関係は険悪になる。 「悔しいが探索に関しちゃ火盗の方が進んでいて、あそこに盗賊の首領はいないと調べがついてたらしい。そんなトコに俺らが踏み込んで、下っ端だけ捕まえても意味がないってあの場で争ってたんだぜ」 「ひょっとして、うちの近所に潜んでたのが首領か?」 「そうだおい、なんでお前、あそこだって分かったんだ」 細い手首に出来た擦り傷に軟膏を塗ってやる。 「攫われた志門があの寺にいなかった。始めはあの距離を馬かなんかで移動したと思ったが、そんな形跡は無い。俺の足の速さに敵う奴なんざ、お江戸広しといえど、そうは居ねぇ。じゃあ、あんな離れた寺じゃなく、存外近所だと思いついた。したら寺で捕まった一人に知った顔がいやがった。奴が最近ウチの近所で立った賭場に出入りしてやがったから、そこと踏んだまでだ」 「お前、あの屋敷とあそこで倒した奴の顔を覚えてるか?」 「んにゃ」 「あの屋敷に昔、銀部って居ただろ」 「?」 「ほら、ガキの頃、道場にも通ってた末成り瓢箪みてぇな蒼白い奴」 「?」 「…これだから、物覚えが悪い奴は……。お前が道場に志門を連れてきた時にちょっかい出して、散々お前が叩きのめした奴だよ」 銀部は親が左遷され引っ越したが、その先でも何か失態があったらしく、改易となり路頭に迷った息子は盗賊の一味に加わった。 江戸で押込みを重ね本拠地を構えようとした一味に、自分のかつて屋敷を利用する事を進言したという。腕の立つ人間も増やそうというので、昔から腕の立つ神名に目をつけた。 「銀部が指図してたみたいだぜ、志門を攫ってお前さんを仲間に引き込もうって。ま、昔のこの辺りの事情に詳しいから思いついたんだろうな」 「じゃ、俺の幼馴染のお前が同心の息子だってのも覚えてたんじゃねぇの」 「ああ、覚えてたぜ。引き入れたお前から俺に探りを入れさして奉行所の情報も上手く聞き出す気だったとよ」 「あの小賢しい末成りの考えそうなこった。気にいらねぇ事は死んでもしない俺様が、んな事すっかよ」 そう云ってはみたが、志門の喉元に刃をあてられたらどうしただろう。いやいや、今回のようにとっとと奪い返すか、志門が自ずと逃げるだろう。弟分に多少の体術は教えてある。 志門が発熱で小さく呻く。額の布を冷たいものに変えてやる。 「あの一味、火盗が寺を探ってたのを感づいて、ちょうどこっちの賭場にねぐらを変えようとしてた所だったんだと。この貧乏屋敷も盗賊の隠れ家にする気だったんじゃねぇか」 「ふーん」 「しかも聞いて驚け、あの大工の潜伏場所もあの寺だったんだぜ」 (大工が長屋に戻ったとき、他の奴の気配もしたのはそのせいか) もうどうでもいい事だったが。 既に神名は話の内容に興味を失い、志門の手当てに専心している。 それに構わず騎丹は調子に乗って話し続ける。 「火盗から文句は言われたが、お前のお陰で首領まで一網打尽だ。俺は鼻が高いぜ」 更に、俺は五人捕えた、だの、火盗の誰某がうるさいだの、ぺらぺらと喋る騎丹の話を右から左に聞いていた神名が騎丹の一言に血相を変えた。 「あの首領、稚児趣味もあったって聞いたぜ。ひょっとしたら、お前を脅すためだけじゃなく、手篭めにする気だったかもな。良かったよな、志門は無事で」 「なんだとぉ」 どす黒い気が立ち昇る。 「俺ですらまだ志門にゃ手を出しちゃいねぇんだ。それを横取りしようたぁ、イイ度胸だ。今からでもナマスにしてやる、あの外道」 立ち上がる神名に、後退る騎丹。 今、嫌な事を聞いた気がする。ナマスではなく、志門の部分で。 「八丁堀か、小伝馬町か?」 黒い気を纏う幼馴染は今まで見た事もない顔をしている。 「お前、まさか、志門に…惚れて…る?」 鯉口を切る音を聞いて、騎丹は一目散に神野家を飛び出した。 聞かなかった事にするか?いやいや、それじゃあ志門が哀れじゃなかろうか?どうする俺? 黒野騎丹の苦労がこれから始まる。 <End>
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