8-1



 キタンがカミナと知り合ったのは7年程前。
 螺旋王の支配下に置かれた村を飛び出し、反王勢力を渡り歩いていたキタンは、砂漠でゲリラ達に混じり、王軍に追い込まれていた所を、ガンメンを駆るカミナに助けられた。
 敵の銃口全てが己に向けられ、死を覚悟した時に立ちふさがった鮮やかな紅蓮巨体は、一生忘れられない。
 それまで多勢で一機のガンメンを破壊するのがやっとだったゲリラ達にとって、カミナは救世主に等しい。
 キタンの村もそうだが、螺旋王の武力侵攻は、多数のガンメン部隊を制圧地域に送り込み、一気に陥落させ、そこに王都から貴族等を封じて支配下に置く。当然、ガンメンを持たない小国や地方都市はあっけなく螺旋王統治下に組み込まれるしかない。
 その王軍のガンメンを略奪し、反撃に打って出たのはカミナが最初だった。
 ガンメン部隊をたった一機で蹴散らすカミナをゲリラで闘っている連中は喜んで迎え入れ、あっという間にカミナをリーダーとするグレン団になる。
 キタンは、自分と同じ年齢ながら、誰も思いつかなかった方法で王軍に反撃し、敵を倒したカミナの行動力に惹かれながらも、当初はプライドや嫉妬から反発し、衝突を繰り返した。それでも共同戦線を張り、喧嘩っ早さに奇妙な親近感を感じながら共に戦う日々を重ねて、カミナの強さや男っぷりを認めざるをえなくなり、やがてグレン団の中核となって戦っていた。
 その後もテッペリン軍はガンメンを惜しげもなく投入し、他方、反王勢力はカミナを真似て、奪ったガンメンで戦力を徐々に上げつつ抵抗し始める。内紛は日を増すごとに多くなった。
 テッペリン王国が内紛を抱える現在の情勢になったのは、カミナの影響が大きい。
 抵抗する術の乏しかった過去を顧みるにつけ、キタンは同じ男としてカミナを尊敬して止まない。
 カミナは怖ろしく強い男だ。
 一人で百人を相手にしても怯まない。寧ろ窮地に立った時程、楽しげに大刀を振りかざす豪腕も然る事ながら、集団での統率力も誰より抜きん出ていた。
 次々と王軍を襲い、ガンメンを奪う。戦いたいと望む者は誰でも受け入れて、グレン団は大きくなっていった。
 閉塞していた世界を力強く壊していくカミナに、グレン団に入った者は皆、魅せられた。
 キタンもひたすらその背中を追いかけた。ガンメンの操縦を覚え、数多の戦闘を繰り返す内に、いつの間にかグレン団ナンバー2の特攻隊長になり、共に戦場を駆け巡る。
 行く手を遮るもの全てを倒して突き進むカミナとグレン団の驀進は止まらない。
 グレン団以外の誰もが無謀だと云った、移動要塞型ガンメン・ダイガンの乗っ取りを瞬く間に成功させる。
 グレン団は大グレン団に成り、国中にその名は知れ渡るようになる。
 だからヨーコがカミナを選んだのを、至極当然の結果として、キタンは傷心に浸りつつも、納得した。それだけキタンはカミナを誰より認めていた。
 カミナと大グレン団の首に賭けられた賞金は5倍10倍に跳ね上がり、王軍のみならず賞金稼ぎ達や他国の勢力からも狙われるようになったが、それを毛程も感じる事もなく、ダイグレンは炎と髑髏の旗をたなびかせて、堂々と荒野を渡る。
 螺旋王の支配体制に反旗を翻す者達から、ぜひリーダーに立って欲しいとの要請もあったが、カミナは蹴った。
 俺は螺旋王をぶちのめしたいだけで、お綺麗な正義を振りかざすなんざ真っ平御免、俺は俺のやりたいように暴れる。
 そう云い切ったカミナは、それまでと変わらず、暴れ、奪い、仲間を増やし、酒を呑み、気の向くままダイグレンで王国内を暴れ回る。
 他の反王勢力に助太刀を乞われれば助ける。奪った金もガンメンも惜しげもなく仲間に分ける。焼け出されたロシウのような境遇の孤児達を何人も拾い、安全な村まで送る。利害が一致すれば、反目していた者達とも手を組み、王軍を襲う。
 一つの土地に拠点を置かず、気ままにダイグレンで戦場を渡り歩く日々を送った。
 そんなある日、ヨーコがダイグレンを降りた。
 驚くキタンやクルー達を尻目に、カミナは以前と変わらず戦場を闊歩し続ける。
 戦力的にも精神的にも、ヨーコはカミナにとって欠かせない存在だと信じていたキタンは、彼女が去った痛手をある程度覚悟したのだが、連れ戻す事もせず、落ち込んだ様子もないカミナに二度驚いた。
 ヨーコに惚れていたキタンには、カミナの態度が納得できず、酒の席で管を巻きカミナに絡んだ。しつこく絡むキタンに、カミナは珍しく言い訳めいた事を口にした。
「ダイグレンは自由な艦だが、希望の艦じゃねぇからな」
 戦う事にしか充たされない自分と一緒にいるには、ヨーコはまともすぎる人間だから放した、とカミナは苦笑した。
 灼熱の太陽を受け、ダイグレンの巨体に落ちる濃い影の様に、乗組員の多くは闇を引き連れている。
 屍の山を築き、血の川を流し、復讐に生きる大グレン団は飽きる事無く戦場を渡る。
 それを率いているのがカミナだ。
 蒼い刺青が燃える背を、キタンは追いかけて続けてきた。


 砂嵐が吹きすさぶ中、ヨーコが六足歩行のガンカーにエンジンを掛ける。
 あと数時間もすればダイグレンの巨体を隠す山脈地帯を抜ける。その前に、ヨーコとリーロン、そしてロシウ、ギミー、ダリーをリットナーへと送り出す。
「気を付けて行けよ」
 キタンがロシウ、ギミー、ダリーの頭を順番に撫で、ヨーコがガンカーに子供達を乗せる。子供達は寂しそうにダイグレンを見上げた。
 戦いの前に、と指示を出したのはカミナだが、本人は見送りに来ていない。いつもなら、拾った孤児を必ず見送りに来るのだが、今日は自分の部屋に籠もったままだ。
 別れが辛い等という湿った感傷からでは決してないだろう。
 カミナの常ならぬ行動に、キタンとヨーコは微妙な表情で別れを交わす。
「じゃあ、そっちもヨロシク」
 昨日のカミナのシモンへの暴行を見て、キタンは一時間ほど前ヨーコに相談をしたのだが、今日ダイグレンを発つ彼女に成す術はなく、逆にシモンの擁護を頼まれてしまった。
 五人を乗せたガンカーは、程なく砂塵に隠れて行った。それを見届けて、キタンは重い溜息を吐く。
 大グレン団の泣く子も黙る鬼リーダーの様子がおかしい。
 いつもなら虜囚は牢にぶち込んで置くだけなのに、暴行だけではなく強姦し自室に連れ込んでいる。何よりカミナの少年に対する執着が不思議でならない。戦い以外、金にも女にも執着を示さない男に何がそうさせるのか?高々おびき寄せるだけの人質なはずだ。
 これがヨーコ並の身体の持ち主の女性ならともかく、相手は子供で男だ。
 捕えている少年は王族に関わり合いの深い者らしいが、それだけでカミナがああいう嬲り方をする理由になるだろうか。
 キタンは悶々としながら、メインブリッジの空席を見詰める。
 ダイグレンは予定通りに砂嵐の中を順調に進んだが、昼になってもカミナに艦橋に降りてこない。
 ジーハを目の前にしても姿を表さないリーダーに、クルー達の間に微妙な空気が漂い始めている。
 キタンはその周囲の期待に応えざるを得なくなり、地図を持ってカミナの部屋の前に立ったが、入る気がいまひとつ起こらない。
 何度目かの溜息を吐くと、部屋の扉の方が開いた。
「用があるならさっさと入れ、部屋の前で鬱陶しい気配を撒き散らすな」
 不機嫌そうな顔のカミナがキタンを部屋に入れた。
 手枷を再び架せられた少年はベッドの上で熱を発しながら寝ている。
「リーロンがいる内に診てもらった方が良かったんじゃねぇか?」
医療キットを持ってくれば良かったと思いながら、シモンの額へとキタンが伸ばした手は、カミナに叩かれた。
「死にゃしねえよ」
 言葉とは裏腹に仔を護る獣の様に神経を尖らせているようで、ベッドを背に床に座り込んだ。
 そんなカミナの態度に呆れながら、キタンはカミナの前に地図を広げる。
「もうジーハは目の前だぜ。どこで奴等を待ち伏せる?ある程度の作戦教えとけ」
「この峡谷沿いの、見晴らしの良いここだ」
 カミナが地図の一点を示す。
「西から来る王軍の格好の標的になるぞ、部隊によっちゃ射程距離がこっちより長いのを持ってるだろ。それで撃たれたらどうすんだ」
「このガキがいる限りそれはねぇ。人質はここだって晒してやりゃいい」
 二人の会話にシモンが意識を取り戻し、ベッドで身じろぐ。
「ここの地面は固いトコと崩れやすいトコが入組んでるからそれを利用する。この辺に詳しい者でなけりゃ、埋まって身動き取れなくなるぜ。間合いは一気に詰めさせねぇ。ついでにある程度の数を減らす」
「身動き取り辛いのはこっちも同じ条件だろ?」
「どこが崩れるのかは俺が知ってる。追って来たら逃げる振りして、後方の火山地帯まで誘い込む」
 カミナが指すポイントをキタンが印を付けていく。
「あれ、活火山なのか?」
 キタンは窓から見える黒い山脈を見据える。
「ずっと静かだが、主砲を何発か打ち込めば、溶岩が噴出すとこが結構あんだよ。そうなりゃあっちが浮き足立つから、王女を攫いやすくなんだろ」
 熱に浮かされながらも聞こえる話に、シモンはカミナをそっと見た。
 師匠であるヴィラルに連れられて、よくガンメンの訓練にこの辺りまで遠出したので知っている。カミナの云う通り、ジーハから黒い山脈にかけては溶岩石が転がる不毛の土地だが、何故この男がそんなに詳しいのだろう。
「お前、詳しいな」
 シモンが思った疑問を、キタンも同じように感じたのか口にした。
「俺はジーハ村で生まれ育ったからな」
 外で唸る風のように、乾いた答えが返ってきた。
「え?」
 キタンとシモンは同時に声を上げる。
「お前…、ジーハの出身、…なの、か…」
 キタンがようやく合点がいったという感じで、カミナを見詰める。
 驚いて身を起こそうとしたシモンを、カミナはベッドに押し留めた。
「ジーハ村は千人程が暮らしていた地下の村で、俺はそこの一人だった。14年前に螺旋王に滅ぼされたがな」
 そう告げるカミナを、シモンはただ黙って見詰め返す事しか出来ない。勿論、カミナが話すようなジーハ村は知らない。
 シモンが育ったジーハは、村というにはあまりに小さい。それは王女のニアが暮らすのに必要な侍従だけで出来たような集落だったからだ。ほぼ自給自足の暮らしは外界から隔絶されているに等しく、世間から見れば隠れ里のようなものだ。
 自分の故郷にそんな過去があったなど、露ほども知らなかった。
「何年も経ってから、王都から来た人間が同じ名前の小さい集落を作っているとは聞いていたが」
 復讐者の視線が冷たくシモンを見下ろす。
自分が嬲られる理由を知り、シモンは緊張していく。
「まさかそこに仇の王女と、お前が暮らしてるなんざ思いもしなかったぜ。シモン、ジーハ村の生き残りのお前がな」
 続けられたカミナの話が理解出来ずに、シモンはその単語を繰り返す。
「生き…、残り?」
「お前はジーハ村のタキシムとシータの間に生まれた赤ん坊だった。孤児だった俺を育ててくれた二人の息子。俺は赤ん坊のお前を知ってる。俺の弟だったお前を知ってる」
「何を、云って…?」
 知っている?弟?誰が?
 そんな事ありえない。
 この男はそんな作り話で動揺させてどうしようというのか?
 唐突な話にシモンは強く睨み返す。
 ただ、強く否定出来ない自分の生い立ちが悔しかった。孤児としてニアの側で育ったが誰からも自分の両親の話を聞いた事がない。
 言い返せないシモンを追い込むようにカミナは話続ける。
「暢気によく育ったモンだよなあ?お前が暮らした小さい集落の下には、お前の本当の故郷、俺が生まれ育った、ジーハ村が埋ってんだよ」
 俄かに信じられない話に困惑するシモンの肩が、更に強く押さえつけられた。
「螺旋王軍に生き埋めにされた奴等の屍のその真上で、お前は自分の両親を殺した仇に育てられたんだよ。しかもお前は、螺旋王の娘と乳姉弟らしいじゃねぇか」
 覆いかぶさってくるカミナに、シモンの身体がベッドに深く沈む。
 シモンに詰め寄る様子にキタンは眉を顰めた。確証がないままシモンを弟だと決め付けるカミナの正気を訝る。
 今にもシモンを押し潰してしまいそうなカミナの肩をキタンが掴んだが、その手は払いのけられた。
「嘘だ、そんなの…」
 シモンを組み敷くカミナの身体から、深緑のオーラが立ち上る。
「ガンメンで戦った時、お前もこの炎を出していただろ」
 シモンはカミナの話に動揺しつつも、視線は逸らさない。視線を逸らせばこの男の異常な雰囲気に呑みこまれてしまいそうだ。
「この炎を出せるヤツが、お前の育った村で他にいたか?」
 シモンの眉が苦しそうに寄せられる。
 圧し掛かかって来る男を纏う炎は、確かに自分にも出せた。出せたお陰で、ジーハではニアとヴィラル以外から奇異の目で見られ、疎まれていた。
 嫌な記憶を耐える様に奥歯を噛み締めると、シモンの身体からも深緑のオーラが薄く立ち上る。
 憎しみのような強い感情を覚えるとこの炎が身体を包む。螺旋力と云うのだと、ニアに教えてもらった。
 黙り込むシモンに、カミナは言葉を続ける。
「これはな、ジーハ村で生まれたヤツにしか出せねぇ螺旋力ってモンだ。お前14だって云っただろ。あの年に生まれた赤ん坊はお前一人だった。だから、お前はシータとタキシムの息子で、俺の弟のシモンなんだよ」
「お前の話は全部嘘だ。そんな話、信じない!!」
 拘束と熱でままならない身体で、カミナを押し返すシモンから、同じ色の炎が強く立ち上った。
 そんな話は信じない。ニアが仇の娘だなんて。自分が仇に育てられたなんて、この男の弟だなんて。
 ニア、とシモンは心の中で叫び、常に自分の中心にある温かい存在に必死に縋った。
 二人を包む深緑の炎を見てキタンは躊躇う。
 皮肉な再会を目の当たりにして、カミナの振る舞いを止めていいものかどうか躊躇する。カミナがこの少年に執着する理由があまりに痛い。
 炎が本人達の激情に同調する様に揺らめいている。
 組み敷いたシモンはそれでも抗うように睨み返し、カミナの神経を苛立たせる。
「俺を育ててくれた、シータやタキシムも岩に潰されてぐしゃぐしゃだ。なのに、なんでお前は俺の目の前にいんだよ」
 血が滲んだような言葉をカミナが吐く。
 昨晩、この少年がシモンだと分かった時から、苛ついている。いや、その前から、この少年がシモンかもしれないと思った時からだ。
 亡くしたものの弔いに戦いに身を投じて生きてきた。やがて憎悪に溶けて歪んだ心も14年の歳月の内に固く冷え切り、幾分か静観できるようになっていたのに、突然現れたこの少年に奥に燻る熱を煽られ、乾ききった心に亀裂が生じる。それが強烈に痛い。
「なんで今頃俺の前に出てきやがった!!」
 塞がりかけていたシモンの脚の傷にカミナが爪をたてた。
「うあっ!!」
 悲鳴と血が流れる。
「何してんだお前っ」
 キタンが慌ててカミナをシモンから引き剥がそうとしたが、撥ね返される。
「やめろ!!そいつの生い立ちはそいつのせいじゃねぇだろ!!」
 そんな事は分かっている。
 仇の侍従として生きてきたのが、シモンのせいではないとは分かっている。
 けれど      
 血に濡れた手でカミナが自分の刀を取り出し、鞘を抜かないままカミナがキタンに刀を向ける。
 キタンが間合いを取る。
 日頃から怒れば味方だろうと容赦は無い。抜き身ではないが、カミナの腕力だとヘタをすると骨折になる。
 こちらが素手なのは分が悪いと思いつつも、キタンは自慢の蹴りを放つべく、打ち込みを避け、間合いを計る。長く共に戦ってきたキタンは、一見読み辛いカミナの剣筋をかわす事が出来る。
 大刀を拳ひとつの距離でかわし、蹴りを入れようと構えたところに、逆にカミナの蹴りをこめかみに喰らった。
 よろめくキタンにたたみ掛けるように、大刀で部屋の外に叩き出す。
 廊下の壁に叩きつけられたキタンの前で、部屋の扉が閉まった。ふらつく頭を堪えながら、キタンが部屋の扉を何度も蹴りつける。
「それ以上そいつに手を出すんじゃねえ!!」
 キタンが自分の村を思い出す。
「俺だって下に妹が三人もいたが、村と一緒に焼かれちまった。お前の弟は生きて戻って来たなら、守ってやんのが当り前だろ?大グレン団のリーダーが取り乱してんじゃねえ!!」
 互いの亡くしたモノの形が似通っていて、そう叫ばずにはいられない。
 しかし閉まった扉は沈黙している。
 カミナがあの少年を嬲っているようで、その実カミナの方がシモンという存在に追い詰められているように感じ、変に胸騒ぎを覚える。
 このまま戦いに突入するのはヤバい、と自分の本能も告げている。
 出来る限りの手は打っておこう。大グレン団のリーダーを失くすわけにはいかない。
 砂嵐が途切れたら、双方のレーダーが回復する。ジーハに王軍の待ち伏せの可能性もある。先手を打たれる前に斥候を出しておくべきだろう。さっきカミナに聞いた場所の下見もしておかなければならない。
 何の応えもない扉に諦めて、キタンは仕様がなく艦橋に降りた。




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