4 優しい手。 物心がついた時には、その手があった。自分の一番古い記憶もその手と共にある。 痛む体にひやりとした何かが触れる。 「っ…、痛っ…」 起き上がろうとしたシモンの身体は床に繋がれた鎖によって引き戻される。勢いがあった分拘束されている腕は反動で床に打ちつけられ、鈍い痛みがひとつ増えた。 「おはよ」 覗き込んでくる金色の瞳と朝日に揺れる赤い髪は見知ったもので、腹の大きな痣に湿布を貼ってくれている。 数日前に荒野で出会った女賞金稼ぎ、ヨーコ。皮肉にも再会してしまった女性。ニアより4つ年上だと聞いた。 「とりあえず手当てはしておいたわ」 身体のあちこちに湿布や包帯が巻かれ、白いズボンも履かされてある。 朝日に照らされる服の下がどんな状態だったかを思い出して、頭の先から湯気を出しながら礼を述べた。 「あ、…ありがとう、ござい…ます…」 「ロシウがやるより、私の方がマシかなと思ってしゃしゃり出たんだけど、やっぱ恥かしかったかな、ゴメンね」 「い…え…」 怪我の手当てとしかヨーコは言わなかったが、性的に辱められた身体も当然始末してくれた訳で、死ぬほど恥かしくてシモンは顔を伏せた。 昨日この部屋に連れ込まれて再び犯された。床に繋がれ、前日の暴行に腫れる孔を押し広げられ、腹を掻き回される。おぞましい感触と、内壁を破られそうな勢いの抽挿に恐怖を覚える。が、やがて震え軋む身体は痛みを受け入れるべく、貫かれる行為を快楽と変換していく。受け入れるしかないのが口惜しく、鎖で繋がれた枷を精一杯振り回し、男の下から逃れようとしたが、鎖の軋む音だけが虚しく響く。せめてもの反抗もカミナは力で押さえつけ、冷たく笑って突き下ろした。 身体に受ける行為を必死で意識の外に追いやり、嵐が行過ぎるのを待つしかない。 涙が滲む目に窓から見える青空がとても遠く感じた。 これさえ過ぎればきっとニアと再会できる、でもその時自分はひどく変わってしまっているのではないだろうか。 挫けそうになる心を会いたい人への想いで必死に繋ぎとめて夜を越したのだが。 「ゴメンね、まさかリーロンからの話で君達が襲われるとは想像も出来なかったから。カミナ、暫く会わない内に狡猾さが増してるし…」 ヨーコがシモンの身体をそっと起こして座らせてやる。彼女の身体からは硝煙の匂いがした。 「アイツと、知り合いだったんですね」 「うん…リットナーと大グレン団は武器の取引があるの」 湿布を包帯で押さえてくれる。その仕草によく剣の修行で怪我をした自分を手当てしてくれたニアの手の重いでが重なる。 「リーロンはメカニックの腕を買われてここ数年グレン団のガンメンや艦のメンテナンスもしているし。実はこの前会った時もここからの帰りだったのよ」 「…そう…、でしたか……」 三日前、荒野でニアとヨーコが喋るのを見ながら、王都に着けば遠くなる乳姉弟の存在を寂しく思っていた。たった三日前を懐かしく思ってしまうなんて。 「でも…昨日の話だと、アイツと古い付き合い…みたい、でしたが?」 目の前の相手は自分の味方とは限らない、そう視線で警戒するシモンに、ヨーコが困ったような笑顔を見せる。 「私、以前はこの大グレン団にいたの。もう何年前かな、このダイグレンの砲手だったの。この艦が家だったわ」 少し遠くを見て笑う。甘い懐かしさと戻れない月日を思う切なさを等分に含んで。 「大グレン団って知らない?割と以前から有名なならず者集団なんだけどなぁ」 自嘲が含まれた笑いに、シモンは首を横に振る。 通信設備もろくに整っていない辺境の小さな村ジーハ。酷く平和な箱庭の生活。そこから出た事も、外の世界を知ろうともした事はなかった。小さい世界しか知らない自分を少し恥じる。 「神出鬼没、国中のあちこちで暴れまわる反国王勢の中でも一番の無法者で、一番自由な集団よ。リットナーもテッペリンに吸収された町で色々押さえられて生活していたから、大グレン団はちょっと憧れだったの」 枷をずらして手首の擦り傷に薬を塗ってくれる。その仕草によく剣の修行で怪我をした自分を手当てしてくれたニアの思い出が重なる。 「お姫様に使える君にこういう話するのもなんだけど…両親は反王勢力に加担していたわ。でもある日死んじゃって、逃げてたトコを大グレン団に拾ってもらった。そこで一番強くてバカなアイツに魅かれたの。だから、恋人だった事もあるわ」 シモンの体が強張る。 「昔の話よ。ここでは戦って奪っての繰り返し。ひたすら前だけを見て突き進むアイツは強くて憧れだったんだけどね。途中で怖くてなって、ついて行けなくなって、離れちゃった。私にとってカミナは特別だったけど、私はカミナの特別にはなれなかった」 淡々と話すヨーコを困惑した顔でシモンは見詰める。あの男と深い関係を持っていたこの女性を信じていいのか。 「心を開いてくれていないとは分かってたけど…ね」 寂しそうに笑いながら包帯を巻く。自分の過去を隠さず話すこの女性は信じていいだろうか。 その判断が出来ない自分の未熟さが歯痒い。 「って、昔話しても仕様がないか。お腹減ってるでしょ。これ食べられる?」 精神的に負った疲れと、掻き回された腹に食欲は湧かなかったが、食べなくてはここから逃げる事、再びニアに会う事が叶わないので、出されたパンを口に入れる。 「そう、ちゃんと食べてね。ここから逃げるには体力がいるから。カミナは前より強くなってる」 もっと幼い頃、ヴィラルの修行で散々しごかれた後、半分眠りながら食事をし、スープをこぼしたり皿に顔から突っ込んでニアを笑わせ、逆に世話をかけた。そんな思い出が脳裏に甦る。今のこれには味がしない。機械的に咀嚼して飲下す、ただの栄養補給。 「君は君のお姫様を守ってあげたんだね」 そっと髪を撫でる優しい手に張り詰めていたものが切れて、目から熱いものが零れる。喉の奥が痛くなって、堪えようとしているのに、嗚咽が漏れた。咀嚼する口に塩辛い液体が入る。 「もう一度会いたいなら頑張りなさい」 泣きながらも頷き、パンを嚥下する。 その様子にヨーコはシモンの心がまだ挫けていないと見て安心したが、すぐに険しい表情になる。 「でも、まずい進路を取ってるのよね、このデカブツ」 鉄の鎖を忌々しそうに手に取った時、この艦の主が戻ってきた。 「なんだ、服着せたのか。どうせすぐ剥いじまうのに」 ヨーコが睨んだが、気にもせずシモンを見下ろし不適に笑う。 「コレは俺のモンだって云ったろ。用がすんだらとっとと出てけ」 「ちゃんと足の手当てもしなきゃ、歩けなくなっちゃうかもしれないのよ」 「足が不自由になったら、逃亡も出来ないから丁度いいだろ。どうせベッド以外で役に立たない身体になるしよ」 「外道が」 二人の視線が冷たくぶつかる。 「予定通り、ジーハに向かうぜ」 カミナの宣言にヨーコは唇を噛みながら部屋を出て行った。 昨日。 シモンがカミナの部屋で犯されている頃。 ダイグレンの機関部の最終調整を殊更丁寧にゆっくりとリーロンは手を進める。回りの荒くれどもも優秀な整備士の進行を信頼し切っているようで、起動を遅らせている事など疑いもせず手伝っていた。 「これで良いんじゃないかしら、出力をゆっくり上げてみて頂戴」 計器の針が滑らかに上がり、全開に達する。 「大丈夫みたいね。これで荒野でも砂漠でも歩くだけじゃなくて走れるようになるわよ」 技術班が歓声をあげた。 既に日は暮れており、一息ついたリーロンに食事が渡された。 部屋の隅にある椅子に座り、トレイに盛られた食事を口にした。リーロンの護衛として今回ついてきたヨーコも側に腰を下ろして一緒に食事を取り始める。 優秀な整備士は世間話の態を装いヨーコに小さく話しかけた。 「困った事態になってるわ。カミナはシモンを餌にニア姫或いはその後ろの螺旋王をにおびき出してこのあたりで派手に戦闘する気だと思う。そしたら国軍が大勢くるでしょ。この地方だとリットナーに駐屯よ。そんな事されたら面倒過ぎる」 ニアとシモンが身分を越えて親しい間柄である事をカミナは察している。 反乱勢力を密かに抱えるリットナーがこれを機会に完全に螺旋王に制圧されたらたまらない。 「なんで今こんな事するのかしら」 ヨーコの呟きにリーロンは考え込む。 三日前ここにメンテナンスに来た時にはそんな話は聞いていない。今までは利害が大方一致しているリーロン達に、彼らの情報は正確に伝わってきた。 だとするとリットナーに帰ってから交わした自分と話、ニアが王都に向かっているという情報は、カミナにとってはかなり大きなものだったのだ。 自分の迂闊さにもう一度臍を噛んだ。 この地方で騒ぎを起こされる事。知り合ったばかりの少年を窮地に追いやってしまった事。そしてニアの王都への旅に自分が気付けなかった価値があった事。 「王都に直接切り込む方法にしてはなんだかなぁ。国軍に一泡ふかすって感じでもないし…」 相変わらずアイツの考えている事はよく分からない、とヨーコが溜息をつく。 「螺旋王に恨みがあるからでしょ?」 「螺旋王に?テッペリンに、じゃなくて?」 当然の事のように云ったリーロンの台詞にヨーコが問い返す。 「あんた、あいつの恋人だったのに、その辺の事知らないの?」 リーロンが少し驚いてヨーコを見た。 「…話さないから、……本心を打ち明けないから、別れたっていうか、私が離れたのよ…」 快活なヨーコの歯切れが悪い。 あんたたち三年も恋人同士だったのに、とリーロンは叫びそうになった。 「昔から反王勢力なのか唯の無法者なのかよく分かんないヤツだったし…」 男女の中は色々あるから分からないけど、そっちは心当たりがある、とリーロンは心の中だけで呟き、これはカミナとの取引情報になるかしら、と算段した。 「それから、シモンを助ける話。私たちがリットナーに戻る時に連れ出せたらいいんだけれど、それじゃすぐ誰が逃がしたかバレちゃうじゃない。私達で保護したいけど、カミナにバレてリットナーに報復を受けるなんて真っ平ゴメンだからね」 カミナの怒りを買えば怖ろしい報復が待っている。元々盗賊集団のような所があるからそれは容赦がなく町に草一本残らない惨劇になる。 国軍とカミナの大グレン団両方から攻められる最悪の事態は避けたい。 「シモンが逃げ出せるきっかけがあればいいのか」 「まだグレンの修理があるから、その間に逃がしてあげられればいいんだけど」 「カミナに恨みを持つ集団か、最悪は国軍が襲ってきて混乱してるうちにとか?」 「まあそんなトコ、ここにいる私達に被害が及ばない程度でね。でもタイミングよくそんな事は起こらないわ」 「しかもアイツの部屋に連れ込まれたしなぁ」 「その部屋ならアンタ詳しいでしょ」 「変わってなければね。認証付オートロック扉、拘束用の金具で部屋に繋がれているはず、それにあの重い枷付きかぁ」 うーん、と唸る。 「銃でオートロックぶち壊して、リーロンの工具で枷を焼き切る」 「その派手なやり口だとすぐにあんただって分かるわね」 だよね、と肩を竦める。 「…いい手が思い浮かばないのよ、困ったわ」 「とりあえず様子を見に行く。シモンの手当てはロシウには出来ないわよ。あの子に抱かれた後人間の始末の仕方分かんないだろうし」 「酷い事されてないといいけどね」 それは期待しない方がいい、とヨーコは肩を竦めた。 食事のトレイを返した所に、カミナが姿を見せた。 「おう、ダイグレンの機嫌は直ったか?」 現れたカミナの髪の湿気にヨーコが眉を顰めた。 「ちょっと時間取っちゃったけど、いつでも出発できるわよ。ダイグレンのモードをきちんと荒野に合わせたから」 「ついこの間までは熱帯雨林いたからな。砂交じりの風に機嫌損ねちまったのか」 「三日前は南下するって云ってたしね。メカニックたちの調整が間に合ってなかったのよ。予定を変えたのね、どこに向かうの?」 カミナがニヤリと笑う。 「姫さんのいたジーハに向かう。良かったな、ついでにリットナーまで送ってやれるぜ」 リーロンの顔色が変わった。 ジーハはリットナーを越し、更に進んだ北にある。自分の予想より悪い選択肢をカミナは選んでいる。 「ちょっと、何でそっちに向かうのよ。まさかあんた、ジーハでシモンを餌にお姫様をおびき出すつもり?」 人を食ったような笑みを止めない。 「リットナーの近くでそんな騒ぎ起こさないで頂戴!」 カミナの含んだ表情にそれが正解だと知り、リーロンは声を強くした。 「ここいらで一暴れして国軍が押しかけて来られちゃこっちにも流れ弾が当るでしょ。そうでなくとも、薄々ウチがあんた達と取引してるの感づかれてんだから、ここぞとばかりにリットナーに介入されちゃ困るのよ」 「いいじゃねぇかついでにリットナーも反螺旋王の旗を堂々と掲げりゃよ」 「そんな時期じゃない」 「わかんねぇぜ」 カミナの言葉にリーロンが引っ掛かる。はったりだろうか?それともこの男は何かを掴んでいる? 「あんた、何を考えてんの?今この位置を国軍に知らせて、即、襲わせてやりたいわ」 「それも面白いな」 カミナに怯む様子はない。リーロンはカミナを見据えた。 「あんたの父親の轍を踏む気はこっちにはないの」 カミナが片方だけ目を眇めた。 「あんた、ジーハ村のジョーの息子でしょ」 ヨーコは驚いてリーロンを見る。 「別に隠した事はない。特に云った事もなかったがな」 抑揚のない返答。 「私くらいの年齢の人間ならすぐ気付くわよ。だってその刺青、超目立つんだもん。あんた17年前に螺旋王と直接戦って死んだジョーの息子でしょ。彼とは模様が違うけど」 「親父と同じ刺青を彫れる人間は全員冷たい岩の下だからな」 「リットナーの人間にとってはジョーは英雄とは言い難かったけどね」 カミナの目の視線が少しだけ強くなった。 「ジョーのお陰でジーハは迫害されたし、4年後には村ごと滅ぼされているじゃない」 声のトーンが低くなる。 「ジョーのように下手に盾突いて、故郷を奪われるなんて事はしたくない。リットナーにジーハの二の舞はさせない」 普段の女性的な声音は影を潜め、強い意思が込められた言葉には、リットナーの担い手の重さが込められていた。 けれど大グレン団、泣く子も黙る鬼リーダーは悠然と笑い、自分の艦の進路を再度示した。 「お前ぇやリットナーがどうしたいかなんざ、俺には関係ぇ無ぇ。俺は俺の決めた道を突っ切るまでよ。進路は変えねぇ、ジーハに向かうぜ」 「だがあんたの気合は見せてもらったから、出発は明日の朝まで延ばしてやらぁ。その間に故郷に隠れるか逃げるかの連絡をしてやれ」 夜の闇にダイグレンは眠るように峡谷に沈む。 出発が延びた艦内は、クルーの大半が寝たのかやけに静かだった。 返ってこの静かさが怖いと思いながら、リーロンは半壊中のグレンの前に佇む。 作業をしながらの方が、頭を整理しやすいのは整備士の性質だろうか。 リットナーへの連絡は済ませた。故郷の人間が上手く事態の対処をしてくれるはずだ。 シモンはどうしよう。カミナの計画の中心に据えられている。逃がす手立てはごく限られ、危険の度合いが大きい。 黙々と手を動かすリーロンにヨーコが一息つこうと近寄ってきた。 「シモンの身繕いの役、もぎ取ってきたよ」 ヨーコが飲み物を差し出しながらリーロンに笑顔を見せた。 「さすがヨーコ。元大グレン団の凄腕スナイパー」 少し陽気に合いの手を入れたのだが、その甲斐なくヨーコの笑顔は苦笑に変わった。 「私、知らなかったよ、カミナがジーハの出身って事も、お父さんの名前も」 先程の話が初耳なら、元恋人はやはりショックだろうか。 リーロンは溜息を付いて話し始める。 「私がギミーやダリーの年の頃にはジーハって村は地下にあったのよ」 ヨーコの年齢では知らないのも無理はない。彼女の生まれる三年前にジーハは国軍に攻められ地下に埋もれた。今のジーハは本当に小さな小さな村だ。近隣の町は螺旋王を恐れて消えてしまった方の村の話はしない。 「ジーハはテッペリンに吸収された近隣の町や村への見せしめだったわね。だからリットナーも現状の支配体制を良しとはしないけれど、面と向かって盾突かない」 「お父さんの仇か…」 「本人は公言してないわね」 よく喋る男から仇なんて単語を聞いた事はない。リーロンはそれを記憶に留めた。 「案外、出身は近かったんだ」 ヨーコから溜息が零れた。 それすら知らなかった。いや、話してくれなかったのか。 シモンの身繕いをカミナに買って出た時、あれこれと言い募った。まだ幼いロシウに生々しいものを見せるな、あの子の教育に悪い、女手のない大グレン団で他に誰がやるの、私は多少の面識があるからシモンも嫌がらないだろう、とか。自分の勢いに反して、カミナは軽くいともあっさり許可を出した。少し怯むとか、嫌がるとかの反応を期待していた?昔馴染にそんな事、とか言って欲しかった?それもなく「ん」の一言で出された許可に、自分達の関係の薄さを感じて、久しぶりに滅入る。 翌朝、ダイグレンは荒野の行進を開始した。 朝日の昇る方向へ向かう。二日も進めばリットナーに、更に北へ進めばジーハに辿り着く。 ダイグレンの前に広がるのは赤茶けた大地と風のみ。 低い駆動音が床から伝わってきて、シモンにもその行軍の開始が告げられた。 昇る陽光がカミナの不遜な印象を強くさせる。 ヨーコが部屋から出て行くと、カミナはシモンと床を繋ぐ鎖を取替え始めた。 「故郷に連れてってやろう。お前の育ったジーハへな」 そこにニアをおびき出すと分かっても、今のシモンには睨む事しか出来ない。 その反抗的な視線を受けながら、カミナは昨晩の内に通信から得た情報を思い出す。 シモンとニアが乳姉弟で、ジーハと呼ばれるかつて地下にあったカミナの故郷の上で育ったという証言は簡単に取れた。しかしシモンについてはそれ以上得るものはなかった。例えばその両親はどこの人間なのか。 一つの可能性として、ニアが王女というだけでなく、シモンも螺旋王の血縁の可能性も考えられた。それならばニアの側にいる理由としては納得できる。 或いはテッペリンから連れてこられたただの孤児かもしれない。 けれど睨んでくる面差しが記憶の中の女性と酷く似ている。 埋まるはずのない空洞が軋む。何もないはずの洞に痛みのような疼きが起こる。 この少年をかつて地下の村で抱き上げた自分の弟だと確証するのには、情報と自信が足りない。 過去が現在を今更ながら翻弄する。 シモンを拘束する鎖の長さが変えられ、二歩程度行動範囲が広がった。 「綺麗にしてもらったな」 そっと首筋を撫でられ、ぞわりと鳥肌がたつ。見下ろしてくる視線が憂いを含んでいるように見えたが。 「また汚しがいがあるってもんだ」 途端にいつもの人を食った笑みに変わり、シモンは身体を強張らせる。 不意にけたたましい音がカミナを呼ぶ。 「カミナ、二時の方角に一個中隊の機影が見える。王軍だ、どうする?」 部屋の通信機から楽しげな声が響いた。シモンから離れ、通信回線を開く。 「据え膳食わぬは男の恥だろ、行って叩いて奪ってきやがれ、だ。デカイ体にいいモン隠し持ってるかもしんねぇぜ、キタン」 「任せろ、一足先に切り込むぜ」 切り込み隊長のガンメンが彼方を目指して飛んで行くのが窓から見えた。 「楽しい事になりそうじゃねぇか。お前のお迎えだといいな」 押さえつけるように髪を掻き雑ぜた固い手は、あまりに記憶の中の優しい手と違って乱暴だ。 もがくシモンに高笑いの残して、カミナはメインブリッジにおりた。 |